第140話 緑の巨人

「ほら、大人しくしろ!!」

「扉を開いたらすぐに逃げろ!!」

「もうすぐ餌を食い終わる!!そうなったら次は俺達が狙われるぞ!!」



巨大な檻が試合場へ運び込まれると、兵士達はこれまでにないほどに迅速に動き、檻の中に閉じ込めている巨大な生物を警戒する。やがて檻の扉が開かれると、蜘蛛の子が散らすように兵士達は逃げ出し、試合場の外へと脱出した。


レノは檻の中に閉じ込められている生物に視線を向け、唖然とした表情を浮かべる。体長は軽く3メートルを越え、その肥え太った肉体はかつてレノが倒した「タスクオーク」を想像させる。しかし、今回の相手は皮膚に体毛の類は見当たらず、ゴブリンのように緑色の皮膚で覆われていた。




――フガァアアアアッ……!!




大きな欠伸をするように気の抜ける鳴き声を上げながら、試合場に姿を現したのは緑色の巨人だった。その姿を見て観客席の者達も黙り込み、一方でアルトは興味をそそられた様に最前列の席へと移動する。



「ま、マジかよ……トロールだ!!」

「嘘だろ、こいつが最終戦以外に出てくるのなんて初めて見たぞ!?」

「あのガキ、死んだな……」

「これがトロールか!!生で見るのは初めてだ!!」



トロールと呼ばれる人型の巨大な生物は檻の中から完全に姿を現すと、その身長は4メートル近くは存在し、タスクオークよりも肥え太った腹をしていた。まるで原始人のように下半身には獣の毛皮のような物を巻きつけ、緑色の皮膚をしている事から巨大なゴブリンにも見えない事はない。


ゴブリンと異なる点はトロールの場合は何処か間抜けな顔をしており、小鬼と称される事も有るゴブリンと違って顔の形はそれほど恐ろしくはない。だが、その戦闘力は決して侮れず、今までレノの圧倒的な強さを見せつけられた観客も彼がトロールに殺されると確信を抱く程だった。



「ひええっ……でかいな」

「フガァッ……」



レノは以前に戦った事がある巨人族の剣士よりも大きいトロールを見上げて呆気に取られ、一方でトロールは自分の身長の半分にも満たないレノに気付く。最初は黙って見下ろしていたが、やがて右腕を振り上げると、レノへ向けて叩き込む。



「フンッ!!」

「うわっ!?」



頭上に向けて接近する巨大な拳を見て咄嗟にレノは瞬脚を発動させて後方へと跳躍すると、直後に試合場の床に強烈な衝撃が走り、大きな亀裂が走る。地下闘技場全体が震え、地震と錯覚させるほどの振動が走った。



(なんて怪力……タスクオークよりも凄いぞ!?)



想像以上の腕力と、攻撃の早さにレノは動揺しながらも試合場を取り噛む金網を掴み、高い位置からトロールを見下ろす。この際にレノは当たり前のように片腕の握力のみで身体を支える。


右手で剣を掴み、左手で金網を掴んだ状態で高い位置からトロールを見下ろす。一方でトロールは自分の右拳に視線を向け、レノの姿がない事に気付き、不思議そうに首を見渡す。そして金網に掴まっているレノを発見すると、今度は左手を振り払う。



「フガァッ!!」

「くっ!?」



咄嗟に金網を手放してレノは地上へ向けて落下した事でトロールが振り払った左腕は回避する事に成功したが、その際に金網が大きく歪み、危うく破れるところだった。それを見ていた観客や兵士は慌てふためき、トロールが外に出現すれば大惨事となり得る。



(こいつ、ただの怪力じゃない!!攻撃が早過ぎる!!)



ゆったりとした動作に見えながらもトロールの攻撃速度は尋常ではなく、相手が攻撃を仕掛ける寸前に動かなければ回避も難しい。試合場を走り回りながらレノはトロールを倒す手段を考え、タスクオークの時の様に嵐突きで倒すかを悩む。



(嵐突きでこいつの腹をぶち抜くか!?それとも……って、考えている暇もないか!!)



トロールが自分に向けて右手を伸ばしてきた事に気付いたレノは上空へ跳躍すると、先ほどまで自分が存在した位置にトロールの右腕が通り過ぎる。その様子を見てレノは冷や汗を流し、捕まれば一瞬でトロールの握力で握りしめられるのは明白だった。


地上へ着地したレノはトロールの元に近付き、荒正を地面に向けて引きずるように運び込む。一方でトロールの方は自分から近付いてきたレノに対して両腕を伸ばして挟み込むように捕まえようとした。



「フガァアアアッ!!」

「このっ……調子に乗るなぁっ!!」



左右から迫りくる掌を見てレノは避ける暇もないと判断すると、下に構えた刃を地面へ向けて突き刺し、先端に風の魔力を集中させる。そしてロイから最初に教わった彼の必殺の剣技を放つ。



「地裂!!」

「フギャアアアアッ……!?」



巨人族を打ち倒すために作り出された剣技を放ち、トロールの肉体の強烈な衝撃が走ると、血飛沫が舞い上がる。巨体が大きく揺れ動き、倒れ込む。その様子を見た観衆は呆気に取られ、一方でレノの方は荒正を振り上げた状態で荒い息を吐き出す。

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