第141話 最終戦

「た、倒せた……こんな化物を本当に」



倒れたトロールに視線を向け、レノは自分自身でも信じられない表情で荒正を見つめる。ロイが愛用し、ダリルとゴイルによって打ち直された剣はこれほどの巨体の敵を倒しても刃毀れ一つなく、その様子を見てレノは改めて自分に与えられた剣と剣技がどれほど素晴らしいのかを思い知らされる。


元々は人間よりも巨体で頑丈な巨人族を倒すために作り出された剣技だが、トロールのような巨体の生物の相手にも通用し、改めてレノは自分の力だけで倒した事を実感する。確実に自分が強くなっている事を実感したレノは嬉しく思う一方、まだ油断は出来ないと兵士の様子を伺う。



「と、トロールが……そんな馬鹿な」

「た、隊長……どうしますか?」

「くっ……奴を出せ!!」

「ほ、本当にいいんですか!?奴は昨日の件で殺処分が決まったのに……」

「いいから、早く出すんだ!!」



隊長は自棄になったように部下に命じると、試合場に新しい魔物を運び出すように命じる。その様子を見てレノは遂に赤毛熊の亜種が運び出されるのかと緊張を抱く。赤毛熊はレノが初めて一人で倒した強敵ではあるが、その強さはボアをも一撃で殺す程の力を誇る。


だが、野生の赤毛熊よりも先ほど倒したトロールの方が強い存在である事は間違いない。それでも最終戦にトロールではなく、赤毛熊の亜種が選ばれたという事はその強さはトロールを越える可能性も十分にあった。



「あ、あの……このまま試合を続行しますか?今ならまだ棄権できますが……」

「……続行します」



レノは今まで倒した魔物達の数と討伐金額を計算し、正直に言えばトロールを倒した時点で目標金額分は稼いでいた。しかし、アルトとの約束もあるがレノ自身も何処まで自分の力が通用するのかを試してみたい気持ちを陥り、最後の試合の対戦相手を待つ。



「よし、運び込め!!」

「まだ薬が効いている!!完全に冷める前に移動させるんだ!!」

「気を付けろ、こいつには檻なんて何の意味もないんだ!!絶対に起こすなよ!!」



試合場へ最後の魔物が閉じ込められた檻が運び込まれ、先ほどのトロールの檻と比べると随分と小柄に見えるが、それでも兵士達はトロール以上に慎重に運び込む。その様子をアルトは興奮が抑えきれずに最前列の席から覗き込み、檻に閉じ込められている魔物を覗き込もうとした。



「あれが赤毛熊の亜種……!!早く、早く見せてくれ!!」

「お、おい!!兄ちゃん、危ないぞ!?」

「馬鹿野郎、落ちるぞ!?」



観客席は試合場から二階の席に存在するため、身を乗り出したアルトを慌てて他の観客が抑えつける。その様子を見てレノは呆れる一方、外国から輸入されたと言われる赤毛熊の亜種が閉じ込められた檻を見つめる。


檻の中に白色の大きな物体が存在し、最初は何かと思ったがそれは白色の毛皮で覆われた熊である事に気付く。赤毛熊の名前の由来は血の様に赤色の毛皮で覆われた熊型の生物だからそのような名前を付けられたが、檻の中に寝そべっている熊は赤毛どころ雪の様に美しい白色の毛皮だった。



「隊長、運び込みました!!」

「よし、なら檻から離れた場所で槍を突き出せ!!扉を開く必要はない、刺激すれば自分から壊して出てくるだろう!!」

「はい!!」



隊長の指示に兵士達はすぐに従い、檻から離れようとした。だが、その瞬間に眠っていたと思われた檻の中の魔獣は起き上がると、目元を赤色に光らせながら腕を振り抜く。



「グガァアアアッ!!」

「えっ……うぎゃあっ!?」

「ひいいっ!?」

「いかん!?すぐに離れろ、逃げるんだ!!」

「なっ……!?」



檻の中から魔獣は爪を振りかざすと、鉄格子が簡単に破壊されて外に立っていた兵士の腹部から鋭利な爪が貫かれ、その兵士は血反吐を吐き散らす。魔獣は檻の中から姿を現すと、腹部を貫いた兵士を振り払う。



「グゥウウウッ……!!」

「こいつが……亜種!?」

「ガァアアアアアッ!!」



レノは檻の中から姿を現した「白毛」に覆われた体長が2メートルを越える熊型の生物を見て戸惑い、その様子を見ていたアルトは先ほどまでの興奮はどうしたのか、レノに注意する。



「気を付けろレノ君!!そいつはただの赤毛熊じゃないんだ!!」

「言われなくても分かってるよ……!!」

「グゥウウウッ……!!」



赤毛熊、というよりもというべきか、檻の中から姿を出した魔獣は涎を垂らしながらレノに視線を向け、圧倒的な腕力と尋常ではない鋭さを誇る爪を剥き出しにして向かい合う。


そのあまりの迫力にレノは冷や汗を流し、初めて山で赤毛熊と遭遇した時の事を思い出す。あの時は碌な力も魔法もなく、歯向かう術がなく逃げる事しか出来なかった。だが、今のレノは逃げず、正面から目の前に現れた化物をどのように倒すのかを考える。

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