第133話 鞘の代金
「――腕の良い鍛冶師?」
「そう、ネココならこの街に詳しそうだし、心当たりはないかと思って……」
「……あるにはある」
ネココにレノはこの街に住む鍛冶師の居場所を尋ねると、ネココはこの街一番の腕を誇るという鍛冶師の元まで案内する。昔、彼女が世話になった人物らしく、実は今から彼女も会いに行くところだった。
「ネココの知り合いの鍛冶師はどんな人なの?」
「……私の知る中でこの街で一番の腕を持つ。だけど、性格がちょっと気難しくてあんまり人とは関わらない」
「職人気質な方ですのね」
「僕もこの際に武器を作って貰おうかな、毎回あんなのに関わられた時のために護身用の武器とかも身に付けておかないと……」
「……あんまり期待しない方がいい、気に入った人間にしかあの人は武器を売らないから」
宿屋を歩いてからしばらく時間が経過すると、随分と年季の入った建物の前で立ち止まり、傾いた看板には「鍛冶屋ムクチ」と記されていた。中に入るとそこには一人のドワーフが熱心に剣を打っており、後ろからレノは声をかける。
「あの、すいません。ちょっといいですか?」
「…………」
「あ、あの……?」
「聞こえてないのでしょうか?」
レノが話しかけてもドワーフは反応せず、熱した刃を打ち続ける。その様子を見ていたネココはドワーフが打ち終えるまで待つように促す。
「……もう少し待って、仕事中はいつもあんな感じ」
「仕事に夢中で僕達に気付いていない感じかい?」
「違う、私達には気づいているけど打つ事を優先して対応を後回しにしている。仕事が終われば話は聞いてくれる」
「……終わったぞ、何の用だ?」
ネココの言葉通りにドワーフは満足したのか剣を打つのを止め、熱した刃を水で冷やす。そして改めてレノ達へと振り返ると、ネココの顔を見て少しだけ眉を動かす。
ドワーフに会うのはレノにとっては4人目だが、今まで出会ったドワーフの中でもかなり気難しそうな性格の人物らしく、気を損ねないようにレノは慎重に話しかける。
「あの、仕事を依頼したいんですか……」
「仕事だと?内容を教えろ、武器か防具を作って欲しいのか、それとも何か別の道具を作って欲しいのか?」
「この剣の鞘を作って欲しいんです。魔法剣士が扱う鞘を……」
「鞘だと……」
レノは荒正を取り出してドワーフに手渡すと、恐らくは店の名前通りに「ムクチ」という名前の鍛冶師は荒正を受け取り、鞘から刃を引き抜く。刃を確認してみた所、彼は少し驚いた表情を浮かべる。
「ほう、変わった金属を使っているが中々の業物だな。こいつはお前の武器か?」
「あ、はい。元々爺ちゃんのだったんですけど、旅を出る時に受け取って……」
「爺ちゃん、か……まあいい、こいつの新しい鞘を作って欲しいのか?」
「はい、魔法腕輪のように紋様を施した魔法金属製の鞘を作って欲しいんですけど……」
「……魔法金属の鞘か、だが俺の店で用意できるのはミスリルだけだ。問題ないのか?」
「問題ないです、値段の方はどれくらいかかりますか?」
ムクチはレノの言葉に考え込み、剣の刀身を確認して鞘がどの程度の大きさになるのかを予測し、必要な魔法金属の代金を答えた。
「金貨15枚だ。これ以上は安く出来ない」
「15枚!?」
「あら、結構お安いのですね。普通の相場だと20枚ぐらいはしますわ」
レノは値段を聞かされて度肝を抜き、現在の自分の手持ちだけではどうしようも支払う事は出来なかった。しかし、ドリスの反応だとこれでも安く見積もってくれたらしく、普通ならば魔法剣士の鞘はもっと高価で販売されるらしい。
今のレノの手持ちは金貨が10枚程度しか存在せず、仮に魔法腕輪や指輪を売れば鞘を購入する金額は手に入るかもしれない。しかし、他人からの好意で受け取った代物を売れるはずがなく、どうするべきかと悩んでいるとアルトが肩に手を置く。
「それだったら僕が代わりに払ってあげようか?レノ君には色々と世話になったし、金貨5枚程度なら問題ないよ」
「え?本当に?」
「それでしたら私も貸してあげますわ。レノさんには命を助けてくれた恩もありますし……」
「二人とも……ありがとう」
元貴族で学者として働いているアルトと、公爵家の令嬢であるドリスにとっては金貨5枚程度ならば別に問題なく貸せる金額だが、その話を聞いていたムクチは首を振る。
「駄目だ、それは許さん。俺に作って欲しいなら自分で働いた金で払え、それが仕事を引き受ける条件だ」
「えっ!?」
「どうしてですの!?別にムクチさんには損はないでしょう?」
「自分で汗水流して手に入れた金ならともかく、他人から施しで何の苦労もせずに貰った金は受け取らない、それが俺の流儀だ。文句があるなら他の店に行け」
「……だから言ったでしょ?変わり者の鍛冶師だって」
ムクチの言葉を聞いてネココは肩をすくめ、客から金を受けとる事にも拘りを持つ鍛冶師らしく、彼はレノが自分の力で稼いだ金ではないと仕事を受けないという。
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