第103話 囮作戦

ドリスが歩き始めてから半刻ほど経過した頃、彼女は人気が少ない場所を歩いていると、ここで動きがあった。尾行していたネココは何かに気付いたように猫耳が動き、彼女はすぐにレノの腕を掴んで近くの建物の影に隠れた。



「わっ!?ネココ?」

「しっ、静かに……気づかれる」

「気づかれるって……もしかして、現れたの?」

「あそこの建物の上、よく見て」



ネココはレノに目配せを行い、彼女が示した建物に視線を向けると、その屋根の上には人影があった。ドリスは気づいていないようだが、建物を音もたてずに飛び移って彼女を尾行する存在がいた。


その様子を確認したレノは遂に敵が現れたのかと身構えるが、ここでネココは訝しむ。仮にも王国騎士であるドリスを狙う輩が一人だけである事に疑問を抱く。



「他に尾行している奴もいるかもしれない。仕掛けるのはもう少し待った方がいい」

「分かった。でも、もしもあいつが仕掛けたら矢を撃つよ」

「……仕方ない」



レノの言葉にネココは頷き、何時でも矢を撃てる準備をしながらレノとネココはドリスの尾行者の動向を伺う。相手は建物を上を派手に飛び回って移動しているが、特にドリスは気づいた様子がない。



「あの身体能力、恐らく敵は獣人族……それも相当な手練れ。あれだけ派手に動いているのにドリスが全く気づいていない」

「どうする?この距離ならいつでも狙い撃ちできるけど……」

「もう少しだけ様子を見る……他の奴が隠れていないとは限らない」



ドリスの尾行者の様子を観察しながらレノ達は後を追いかけるが、この時に無意識に二人はドリスとの距離を詰めてしまう。そして尾行者との距離が縮まると、不意にネココは何かに気付いたように背後を振り返った。



「っ!?しまった、尾行されていたのは私達!!」

「えっ!?」



後方を振り返ったネココは何かに気付いたように短刀を抜くと、レノも咄嗟に後ろを振り返る。すると、離れた建物から自分達を弓で狙う人物の存在を確認し、咄嗟にレノは弓を引き抜くが相手の方が先に射かける。



「レノ、危ない!!」

「うわっ!?」



ネココは咄嗟にレノを突き飛ばすと、彼の頭があった位置に矢が通り抜けた。もしもネココが反応していなければ自分の頭が射抜かれていた事を知ってレノは顔を青ざめた。


建物の上から狙撃した相手はすぐに次の矢を構え、今度はネココを狙い撃とうとした。しかし、それに対してレノは即座に矢を番えると、今度は自分から撃ち込む。



「この野郎!!」



天空に向けてレノは矢を発射すると、相手は見当違いの方向に矢を撃ち込んだレノに呆れたような表情を浮かべるが、突如として矢の軌道が変化すると男の方に目掛けて迫る。


自分の元に軌道を変化して飛んできた矢に対して弓を抱えた男は慌てふためき、慌てて回避しようとした。しかし、気づいたところでレノの魔弓術で撃ち込まれた矢は自動的に追尾するため、避けようとした男の足に矢は突き刺さった。



「ぎゃあああっ!?」

「なんですの!?」



男の悲鳴を聞きつけて先を歩いていたドリスが振り返り、その隙に彼女を建物の屋根を飛び移って尾行していた相手が彼女の元に飛び降りる。それを見たレノは咄嗟に矢を番え、その相手に抜けて撃ち込む。



「させるか!!」

「ぐあっ!?」

「きゃあっ!?」



ドリスの元に飛び込んだ襲撃者の元にもレノの矢が接近し、右肩を射抜かれた相手は空中で体勢を崩して倒れ込む。その様子を見てドリスは慌てるが、ネココが珍しく大声を上げて注意を行う。



「気を付けて!!取り囲まれてる!!」

「な、なんですって!?」

「走って!!」



ネココの言葉を聞いたドリスは驚きながらも剣を抜くと、周囲を警戒したように見渡す。一方でレノとネココも彼女と合流するために駆け出そうとした時、あちこちの建物から次々と人影が現れてレナ達とドリスの間に割り込む。


どうやら敵は建物の中に待ち構えていたらしく、ずっと気配を殺して待ち伏せしていたらしい。自分達の作戦を見抜かれ、更に罠に嵌められた事にレノ達は冷や汗を流す。



「くそっ……こうなったらやるしかない」

「気を付けて、こいつら前に襲った奴等よりもやばいかもしれない」



レノ達の前には8人の男が現れて取り囲み、それぞれが別々の武器を所持していた。ドリスはすぐに二人を助けようと剣を掴みながら駆け出そうとした時、突如として「黒色の鎖」がドリスの首元に絡みつく。



「あぐぅっ!?」

「ドリスさん!?」

「……黒い鎖、まさか……黒鎖のチェン!?」

「ほう、俺の事を知っているのか」



黒鎖でドリスを拘束したのは身長が2メートル近くも存在する大男であり、その男は右腕に鎖を巻き付け、ドリスの首元を締め付ける。彼女は必死に鎖を振りほどこうとするが、大男は軽く引き寄せると彼女の身体は引き寄せられて男の腕に抱かれた。



「あうっ!?」

「ふん、まだまだガキだが顔は悪くないな……夜はたっぷり楽しめそうだ」

「うぐぐっ……!!」



ドリスの顔を見て「黒鎖のチェン」は口元に笑みを浮かべ、彼女の髪の匂いを嗅ぐ。そんなチェンの行動にドリスは顔を青ざめ、ネココは怒りを抱く。レノもチェンに対して今すぐにでも矢を射抜きたいと思ったが、ドリスが人質に取られている以上は迂闊な真似は出来ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る