第87話 竜巻の一撃
「うおおおおっ!!」
「愚かなっ!!」
正面から突っ込んできたレノを見てヤンは両手の蛇剣を振りかざし、左右から刃を放つ。刀身が伸びた剣は本物の蛇と化したように不規則な軌道でレノの元へ向かうが、それに対してレノは意にも介さずにヤンに向けて剣を伸ばす。
ヤンとの距離が離れているにも関わらず、レノは剣を繰り出すと風属性の魔力を引き出して刀身に「竜巻」を纏わせる。かつてタスクオークを一撃で倒した技を繰り出し、前回の時は直接的に斬り付けていたが、本来のこの技は敵と距離が開いていても関係なく繰り出せる。
「喰らえぇええっ!!」
「なっ……ぐああああっ!?」
刀身から放たれた竜巻はヤンの元へと向かい、彼の身体を飲み込むと高速回転させながら後方へと吹き飛ばす。この際にヤンが所持していた蛇剣も巻き込まれ、レノに襲い掛かろうとした刃も吹き飛び、壁と地面に突き刺さる。その光景を目にしていたネズミ婆さんと他の者達は唖然とするが、ネココは笑みを浮かべた。
「な、何だい今のは……竜巻!?」
「……あれがレノの本当の力、最強の魔法剣」
「ふうっ……」
レノはヤンを吹き飛ばしたのを確認すると、刀身に魔力を送り込むのを辞めて風の魔石に手を伸ばす。アルトが餞別代りに用意してくれた魔石は相当量の魔力を消耗しても特に変化はない事に安心し、これならばあと数回は嵐突きを繰り出しても壊れる事はないと安心する。
剣を鞘に納めるとレノは壁際に叩きつけたヤンに視線を向け、彼は腕と足があらぬ方向に曲がっている事に気付く。竜巻に飲み込まれた際に身体を捻じ曲げられたらしく、辛うじて生きていた。
「おい、起きろ」
「がはっ……あ、ぎぃっ!?」
「駄目か……喋る状態じゃないか」
ヤンから情報を聞き出そうとしたレノだったが、現在の彼はとても言葉が話せる状態ではなく、仕方なく彼は放置してレノはヤンが所持していた二つの蛇剣に視線を向けた。
「この魔剣、触っても大丈夫ですかね?」
「あ、ああ……大丈夫だよ、魔剣といっても別にただの魔道具だからね。触った所で呪われるなんてのはただのおとぎ話さ」
壁と地面に突き刺さっていた蛇剣をレノは拾い上げると、ヤンを放置してネココの元に急ぐ。彼女は背中を突き刺されて重傷だったが、ネズミ婆さんは彼女をレノに預けると、懐から硝子製の小瓶を取り出す。
「全く、本当なら薬代を取る所なんだけどね……ほら、これをすぐにかけてやりな」
「これは……回復薬ですか!?」
「とっておきの一本だよ、ほら早く注ぎな」
「……ありがとう」
レノはすぐにネココの傷口に硝子の中に入っていた緑色の液体を注ぐと、傷口から煙が噴き出してやがて傷口が完全に塞がる。ネココも顔色が良くなると、改めてレノとネズミ婆さんに礼を言う。
「二人のお陰で助かった、ありがとう」
「そんな、俺を庇ったせいで怪我をしたのに……」
「全く、面倒事を持ち込んできてくれたね……これじゃあ、この酒場はもう使えないね」
ヤンとの戦闘によって地下の酒場は大きな被害が生まれ、ネズミ婆さんはため息を吐き出す。彼女はカマセの死体に視線を向け、ヤンを睨みつけた。
「……正直に言えばあいつは今すぐにでもぶっ殺してやりたいところだけどね、あんたらもあいつから色々と聞き出したいことがあるんだろう?それならあたしの所に預けな」
「え、でも……」
「そんな事をしたらネズミ婆さんも黒狼に狙われる」
「はっ、こいつはあんたらだけじゃなく、私達も殺そうとしたんだ。ならもう既に私達も巻き込まれてるんだよ。この店を無茶苦茶にした責任、奴等に取らせてやるよ!!」
『チュイイッ!!』
ネズミ婆さんの言葉に彼女に従う鼠達は反応し、彼等は階段の方向へ向けて移動を行う。その様子を見てレノは驚くが、ネココはネズミ婆さんの正体を話す。
「ネズミ婆さんは魔物使い……あの鼠達も実はただの鼠じゃなくて、鼠型の魔物。ネズミ婆さんは鼠を街中に送り込んで情報を集めている」
「あっ……だからネズミ婆さんと呼ばれてるの?」
「そういう事さ、昔はネズミ嬢ちゃんとかネズミ姐さんと呼ばれてたんだけどね。結局、どんな呼び方もネズミが頭に付くから嫌になるよ。別に私自身はネズミじゃないってのに……」
「それは……大変ですね」
最初に会う前にレノはネズミ婆さんという名前から勝手に相手が獣人族か何かだと思っていたが、彼女の渾名の由来は大量の鼠型の魔銃を操るだけであり、別に本人は鼠のような特徴は持ち合わせていなかった。
自分の苦労話を口にしながらもネズミ婆さんはレノが拾い上げた「蛇剣」に視線を向け、ここで彼女は蛇剣に刻まれている紋様を見て訝し気な表情を浮かべる。
「ん?こいつは……」
「この剣がどうかしました?」
「いや……この剣に刻まれている紋章に見覚えがあってね。何処で見かけたかな……」
「紋章……?」
レノとネココは蛇剣に視線を向けると、確かに髑髏のような紋章が刻まれていた。随分と物騒な形をしていたが、中々思い出せないのかネズミ婆さんはレノに蛇剣を渡すように促す。
「その剣、一つくれるかい?」
「え?」
「この店を壊した原因の一端はあんただろ?なら、その剣を1つ寄越しな。魔剣なんて滅多に手に入らないからね」
「……仕方ない、渡して上げて」
言われるままにレノはとりあえずは黒色の蛇剣を渡すと、残された方の蛇剣はレノ達が持って置く事にした。魔剣など滅多に手に入らず、ネズミ婆さんは壊した酒場の修理代替わりに蛇剣を受け取る。
「こいつは中々の業物だね……これだけでも相当な価値がありそうだ。使いこなすのにはかなり苦労しそうだけどね」
「レノ、その剣は私に頂戴……魔剣なら何度か使った事がある」
「あ、うん……俺には使いこなせそうにないし、いいよ」
ネココはレノから蛇剣を受け取ると、とりあえずは腰に差しておく。その後はレノとネココは酒場を離れ、とりあえずは安全な場所を探す事にした。但し、立ち去り際にレノはカマセの死体に視線を向け、両手を合わせる。
彼を殺したヤンに関してはネズミ婆さんに全てを任せ、とりあえずは彼女から連絡が届くまではレノとネココは街中で安全な場所を探す事にした。少なくとも普通の宿屋に泊まる事は出来ず、それでいてしばらくの間は身を隠せそうな場所を探しに向かう――
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