第88話 廃屋

――夜を明けると、レノは朝日の光で目を覚ます。身体を起き上げると、レノは自分が宿屋のベッドではなく、現在は誰も住んでいない廃屋で一晩過ごした事を思い出す。



「……おはよう、レノ」

「おはよう……ふああっ」



目を覚ますと既にネココは起きていたらしく、彼女は蛇剣を手にして素振りを行っていた。その様子を見てレノは立ち上がると、ウルとスラミンが傍で眠っている事に気付く。



「ペロペロッ……(←寝ぼけてスラミンを舐める)」

「ぷるるっ……(←くすぐったそうな表情を浮かべる)」

「あれ、お前等どうしてここに……」

「この子達、勝手にここへ来た。私達の臭いを辿って追いついてきたみたい」

「そうだったのか……もう少しだけ寝かせてあげるか」



レノは身体を伸ばすと、眠った時間は短いので眠気はあったが、疲れは大分取れていた。目を覚ますとレノはこれからの事をネココと相談する。



「ネココ、これからどうする?ネズミ婆さんの連絡が来るまで隠れているの?」

「私達は追われている身、目立つ行動は避けた方がいい。ウルとスラミンはここに隠れさせておいて、私達も外に出向く時は細心の注意を払わないといけない」

「そうか……でも、どうやってネズミ婆さんと連絡を取るの?ネズミ婆さんは何もいってなかったけど……」

「チュチュッ!!」



会話の際中、唐突に鼠の鳴き声が響くとレノとネココの間に一匹の鼠が飛び出す。最初は廃屋に暮らしていた鼠が現れたのかと思われたが、ここでネココは鼠の尻尾に小さなリボンが取り付けられている事に気付く。


ネココが手を差し出すと鼠は彼女の元へ向かいかけるが、途中で何かに怯えた様な表情を浮かべ、レノの足元に移動する。その様子を見てネココは不満そうな表情を浮かべる。



「むう、怖がられた……」

「ネココが猫みたいな名前だから怖がられたんじゃない?いや、それよりもこの鼠……ネズミ婆さんの所の鼠かな?」

「チュウッ!!」



レノの言葉に鼠は頷き、厳密に言えば鼠型の魔獣であって本物の鼠ではない。だが、外見は鼠とそっくりのため見分ける事は出来ず、とりあえずはリボンを付けている事からレノはリボンと呼ぶ事にした。



「よし、今日から君の名前はリボンだ」

「チュウッ……?」

「……いきなり脈絡もなく名前を付けられて困ってる。だいたい、この鼠はネズミ婆さんの鼠だから名前も別にあるかもしれないのに」

「まあ、鼠と呼ぶよりこっちの方が可愛げあると思って……それよりも、俺達に何か伝えに来たんじゃないの?」

「チュイイッ!!」



鼠、改めリボンと勝手に名付けられたネズミ婆さんの使いは頷く素振りを行い、レノ達に付いてくるように促す。リボンは廃屋を出ると、レノとネココはその後に続く――






――リボンに案内されるままにレノ達は街中を進むと、やがて大きな建物の前へと到着する。どうやら鍛冶屋らしいが、閉店中という看板が立っていた。しかし、リボンは扉の前に移動して小さな指で扉を示す。



「チュチュ~」

「開けろ?この扉を開ければいいの?」

「チュウチュウッ」



レノの言葉にリボンは早くしろとばかりに頷き、とりあえずはレノは扉に手を伸ばすと鍵は開いていなかった。中に入ると、そこにはドワーフの男性と酒を酌み交わすネズミ婆さんの姿が存在した。



「おう、あんたら遅かったね。あんまり遅いからもう二本も酒瓶を空にしちまったよ」

「たく、急に来たと思ったら人の酒を飲み尽くしやがって……そいつがお前さんの知り合いか」

「ああ、そうさ。ネココ、それにレノといったね。こいつは私の幼馴染のゴイルさ」

「ど、どうも初めまして……」

「……よろしく」



養父であるダリル以外の男性のドワーフとは初めて顔を合わせたレノは若干緊張気味に頭を下げると、ネココも隣で頭を下げる。ゴイルという名前のドワーフはレノとネココに視線を向け、腕を組む。



「ほう、お前さんがロイの孫か?全くと言っていいほどに似てないな。いや、血は繋がっていないんだっけか?」

「あんた、人の話を聞いていなかったのかい?この子は孫じゃなくて、弟子だよ弟子。ロイの弟子であいつから孫のように可愛がられていたのさ」

「ああ、そういえばそうか……あいつは元気にしてるのか?」

「あ、はい。元気です……」

「そうか……お前さんの剣、そいつはロイの剣だな?そいつを見せてくれるか?」

「はい、どうぞ」



ゴイルはレノが所持している剣をロイの剣だと見抜くと、自分に見せるように腕を伸ばす。レノはロイの知り合いならば問題ないと思って渡すと、ゴイルは鞘から剣を抜く。


ロイが所有していた剣を確認すると、ゴイルは鋭い視線で刀身に視線を向け、机の上に置くと腕を組んでレノに振り返る。



「ふむ、この剣はな、実は俺が作ったもんだ」

「えっ!?そうだったんですか!?」

「……巨人殺しの剣聖の剣を?」

「そうだ、あいつと最後に出会った時、奴が巨人国へ向かう前に餞別の品として俺が作った剣だ。こいつはただの剣じゃねえ、巨人族の連中とやり合うために作り出した剣なんだ」



剣を手にしながらゴイルは自分がロイにこの剣を渡すまでの過程を話し、彼はロイが巨人国へ赴いて自分の腕を切り落とした巨人族の剣士と決着を付けるために旅に出る事は聞いていた。



「奴が巨人殺しの剣聖と呼ばれていたが、実際の所は鍛冶師からすればあいつほど苦労させられる客はいなかった。毎回剣を折ってきては新しい剣を作らされたからな」

「剣を?どうして?」

「そりゃお前……巨人族の剣士と戦うんだぞ!?奴等の武具や防具、それに馬鹿みたいに頑丈な身体を斬るだけでも並大抵の武器は壊れちまう!!だから俺はあいつが来る度に並大抵の事では壊れない頑丈な剣を作り上げようと頑張ってきたんだ!!それなのにあいつときたら、戦場で巨人族が現れた時は毎回剣を折って帰ってきやがった!!」

「あ、ああ……なるほど」

「……それは苦労しそう」



ゴイルの言葉にレノは納得してしまい、巨人族に対抗できる武器となると相当に頑丈な物を用意しなければならず、ロイの剣を作り出すのに苦労したという。しかし、そのかいもあってロイがレノに渡した剣はゴイルが作り出した剣の中でも最も頑強な物に仕上げたという。

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