第75話 火炎旋風

(頼む、成功してくれ……!!)



レノが扱う魔法剣の中でも魔力消費量が多く、その反面に威力に関しては地裂さえも上回る「嵐突き」さらにアルトの繰り出した「火球」の魔法によって火属性の魔力を取り込み、風の魔石の魔力を限界まで引き出す事でレノの剣の刀身に「火炎の竜巻」が誕生した。


頭上から迫りくるトレントの巨体に対してレノは剣を突き刺し、他の者達は彼の傍で身体を伏せる。失敗すれば自分だけではなく、他の者も死ぬ事を意識したレノは何としても成功させるため、剣を繰り出す。



「いけぇえええっ!!」

『ジュラァアアアッ!!』



トレントは倒れ込む際、人面の部分がレノの繰り出した刃に的中する形となり、顔面の中央部分に剣先が触れた瞬間、刀身に渦巻いていた炎の竜巻が顔面を抉り取る。


火炎の竜巻はトレントの顔面を焼き尽くし、遂にはトレントの肉体を貫通する。その結果、レノ達が立っている部分は押しつぶされずに済み、倒れ込んだトレントの肉体に炎が走った。




――アアアアアッ……!?




何処からかトレントの悲鳴が響き渡り、レノが繰り出した「火炎旋風」によって肉体全身に炎が燃え広がる。その光景をネココ達は唖然とした表情を浮かべて見つめ、一方でレノの方は剣を下ろすと、黙って立ち尽くす。



「……レノ?」

「レノ君?」

「おい、どうした……?」

「ウォンッ?」



動かないレノを見てネココ達が心配した風に声をかけると、やがてレノは膝を崩し、地面に倒れ込む。その様子を見て他の者達は驚いた表情を浮かべ、レノの身体を抱き上げる。



「レノ!?どうしたの、レノ!?」

「こ、これは……まずい、魔力を使い切ったんだ!!このままだと死んでしまう!!」

「な、何だと!?おい、助けられないのか!?」

「すぐに身体を休ませて薬を分け与えなければ……!?」

「レノ、しっかりして……レノ!!」

「うっ……」



意識を失う寸前、レノは自分の事を覗き込むネココの泣きそうな表情が視界に入り、やがて完全に意識が途切れた――





――意識を失ったレノをウルが担ぎ上げ、アルトたちは森の外へ向けて移動を行う。ゴブリン亜種に関してはトレントが焼き尽くされると急に姿を見せなくなり、恐らくは自分達に指示を出す者が消えてしまったので森を離れたと考えられた。


この森に生息していた魔獣はゴブリン亜種が殆ど狩りつくしてしまい、トレントから果実を得られなくなったゴブリン亜種は餌を得られない森に留まる理由はなくなり、森の外に生息する生物を狙う。


彼等の対処は冒険者ギルドに任せると、アルトたちは何とか森を抜け出し、そして遅れてやってきた街の警備隊に救助された。屋敷からアルトが抜け出した事が判明し、すぐに街の警備兵がアカバの森に兵士を派遣したらしい。


怪我を負った者達と共に草原を徘徊していたアルトを見つけた時は流石に警備隊も驚いたが、アルトはすぐに屋敷へレノ達を運び込むと、治療を行う。ウルやコクヨウ、そしてナオの怪我はすぐに治ったが、魔力を失ったレノは目を覚ますしたのは彼が意識を戻したのは1日以上の時が経過していた。



「うっ……こ、ここは……?」

「レノ!!良かった……やっと目を覚ました」

「ウォンッ!!」

「ネココ?それにウルも……」

「ふうっ……肝が冷えたよ。目を覚ましてくれて本当に良かった」



レノは目を覚めると自分がベッドに横たわっている事に気付き、傍にはネココとウルの姿も存在した。彼等の他にもアルトが存在し、彼はレノに青色の液体が入ったコップを渡す。



「さあ、これを飲むんだ。美味しくはないけど、溢さずに全部飲み込むんだ」

「これは……」

「特殊な薬草を煎じて作り出した魔力を回復させる薬さ。魔力回復薬マナポーションと言えば分かりやすいかな?」

「これがあの噂の……」



アルトに差し出されたコップをレノは受け取ると、緊張気味に中身を飲み干す。かなりどろどろとしていて非常に飲みにくいが、どうにか全部飲み干すと一気に身体が楽になった。



「ふうっ……大分身体が楽になった気がする。ありがとう」

「気にしなくていいさ、君は僕達の命の恩人だからね……気絶した後、何があったのか聞くかい?」

「じゃあ、お願いしてもいいかな」



レノは自分が倒れた後は何が起きたのかを尋ねると、アルトは何処から話すのかを考え、自分達が街に戻った後の事から話す。



「僕達は気絶した君を連れて森を抜け出した後、すぐに街から派遣された兵士達に救助された。まあ、当然だけど僕は屋敷に連れ戻されて散々怒られたけどね。でも、それはいいんだ。問題なのはその後で……」

「私達が発見したトレント……あの後、冒険者ギルドから派遣された冒険者が調べたところ、跡形もなく燃え尽きたみたい。それだけなら良かったけど、ゴブリン亜種を進化させる要因だった果実も一つ残さず消えていた。多分、私達がいなくなった後にゴブリン亜種が戻ってきて食いつくしたと思う」

「え?という事は……」

「ああ、僕の説を証明するための証拠が全部無くなってしまった……お陰で僕達の話も誰も信じちゃくれないのさ」



帰還した後、アルトたちは森の中にトレントが生息していた事、そのトレントがゴブリンを従えて森中の魔獣を捉えさせ、その養分を吸い上げて成長し、ゴブリンを亜種へと進化させる果実を与えていた話を伝えた。


だが、証拠が残っておらず、トレントに関してもレノが焼き尽くしてしまったせいで跡形も残っていない事から誰もアルトたちの話を信じようとはしなかった。一応は現場には不自然に荒れ果てた大地と、ゴブリン亜種が暮らしていた形跡だけは残っていたが、それだけでは証拠とはと認めれない。


結局は苦労してゴブリン亜種が誕生する理由を突き止めたにもかかわらず、証拠がないという事で誰も信じてくれず、アルトの「亜種=進化種」という説は証明されなかった。だが、本人は別にその事に関しては気落ちしておらず、自分の目でゴブリンが亜種へと変貌を果たす姿を見ただけで満足しているという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る