第76話 報酬
「さあ、ここからは君の話だ。君はトレントを倒した時、魔力を使い果たして倒れてしまった事は覚えているね?」
「ああ、うん……覚えてる。身体から力が抜けて、意識を保てなかった」
「あの後は苦労したよ、君が倒れてネココは大泣きするし、ウルは泣きわめくし……」
「……そこまで泣いてない」
「クゥ~ンッ……」
アルトの言葉にネココは恥ずかしそうな表情を浮かべ、ウルは心配したようにレノに顔を擦りつける。室内にウルがいる事に関してはレノは大丈夫なのかと思うが、アルトが何も言わないのであれば問題はないのだろう。
「君が気絶した後、すぐに屋敷に戻って治療したよ。それで悪いんだが、意識を失っている時に君の服を着替えさせた時、君が髪の毛で隠していた耳元を見てしまったんだ」
「耳を……あっ」
「大丈夫、君の秘密を知っているのは僕とネココだけだ」
レノはここで自分の耳の事に気付き、二人に自分がただの人間ではなく、ハーフエルフだと知られた事に気付く。二人はレノがハーフエルフだと知っても特に態度は変えず、アルトの場合はむしろ興味を抱いたようにレノの髪の毛を掬い上げて覗き込む。
「ふむ、それにしてもこれがハーフエルフの耳か……エルフと違ってそれほど細長くはないが、明らかに僕達とは違うね。どれどれ……」
「ひゃうっ!?な、何!?」
「……レノが嫌がってる、止めて」
「はぐっ!?」
若干興奮した様子で耳元をいじくるアルトをネココは突き飛ばすと、彼は苦笑いを浮かべながらもレノから離れ、とりあえずは他の人間にはレノの秘密を明かさないようにする事を誓う。
「君が自分がハーフエルフである事を隠していた理由はだいたいが察しがつくよ。人間にとっても森人族にとっても良くも悪くも君は目立ちすぎる存在だからね」
「……ありがとう」
「だけど、ずっと正体を隠して生きていくのは辛いだろう?そこで相談があるんだが、どうだい?君達、僕の所で働かないかい?」
「え?」
「……私も?」
「ウォンッ?」
アルトの言葉にレノとネココは意外な表情を浮かべるが、彼は今回の件を機に本格的に実家と縁を切って学者として生きていこうかと考えている事を話す。
今までに何度もアルトは問題を起こしてきたが、今回の場合はしゃれにはならず、危うく命を落としかけた。今回の一件は街の人間にも噂が広まっているらしく、アルトの父親も兄も今回ばかりはアルトの行動を見過ごせなかった。
「さっき、戻ってきた父上から言われたよ。この家を出て行くか、それとも学者を辞めるかを選べとね」
「それでアルトは……」
「当然、学者を止める事なんて出来るはずないから出ていくさ。そもそも僕は家に未練はないからね、遅かれ早かれいずれこの家から出ていく事は覚悟してたよ」
「そんなっ!!」
アルトは何でもない風に語るが、この場合の家を出るとは家族との縁を切り、もう他人として生きていく事を意味する。レノはどうにかならないのかと思ったが、当のアルト本人は覚悟を固めていた。
「僕にとって学者という仕事は全てなんだ。だからそれを辞めろというのならば僕に死ねと言っている事に等しい。例え、父上と兄上に理解されずとも僕は学者である事を辞めるつもりはない」
「でも……」
「いいんだ、そもそも僕ぐらいの年齢なら親離れするのが当たり前なんだ。これから僕は独り立ちしようと思う、それで僕はこの街を離れて別の場所で暮らそうと思う。そこれでどうだい?君たちも一緒に来ないかい?」
「私達も?」
「ああ、昨日の冒険を体験して僕は思ったんだ。君たちと一緒ならもっと面白い体験が出来そうだとね。君達は僕の助手と護衛として働いてみないかい?もちろん、給料は弾むよ」
「助手?」
「……護衛?」
思いがけないアルトの提案にレノとネココは驚くが、アルトは特にふざけていっているわけではないらしく、真面目な表情を浮かべていた。そんな彼に対してレノは悩んだ末、返答する。
「ごめん、アルト……俺は王都へ行きたいと思ってる。だから、アルトの提案は引き受けられない」
「王都か……レノ君はどうして王都へ向かうんだい?」
「俺の旅の目的は王都へ辿り着く事、そこで色々な仕事を経験してみたいと思ってる。俺が旅に出たのは自分にとっての一番合っている仕事を探す事だから」
「なるほど、確かに色々な仕事をしてみたいというのなら王都は一番だろうね」
「……そんな理由で旅してたんだ」
レノの言葉にアルトは納得した表情を浮かべ、ネココは意外そうな表情を浮かべる。自分に適した仕事を探してみたいという言葉はアルトにとっても思うところがあり、あっさりと認めてくれた。
「分かった。ならレノ君の事は諦めよう……だけど、これからは僕もしばらくは旅をしようと思うからね。そこでもしもまた出会ったら、同じことを聞くよ。その時に君がやりたい仕事が見つからなかった時は試しにでいいから僕の元で働いてみないかい?もしかしたら君が探し求めている仕事が僕の助手という可能性もあるよ?」
「あはは……考えておくよ」
「……私は遠慮しておく、自由気ままな傭兵稼業は気に入ってる」
「そうかい、それは残念だよ。おっと、忘れていた……なら、そろそろ君達の報酬を用意しないとね」
「え、報酬?でも、俺達は……」
アルトの言葉にレノは驚き、今回の依頼はアルトを護衛して森の生態系の調査に向かうという話だったが、結局はトレントが死んでしまった事でアルトの目的は果たせなかった。しかし、アルトは首を振って約束通りの報酬を二人に用意していた。
「ほら、遠慮せずに受け取ってくれ。まずはネココから……約束通り、銀貨100枚だ」
「おおうっ……確かに」
たっぷりと銀貨が入った小袋をアルトはネココに手渡すと、彼女は嬉しそうに頷き、中身の確認を行うと小袋を抱きしめる。どうやら彼女は銀貨100枚で護衛の依頼を引き受けていたらしい。
どうして金貨10枚ではなく、銀貨100枚を受け取ったのかとレノが尋ねると、金貨の場合だと店によってはお釣りを用意できない事態があるらしく、基本的に金貨よりも価値が低い銀貨の方が扱いやすいかららしい。そしてアルトは改めてレノと向き直ると、まずは「退魔のローブ」を差し出す。
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