第68話 洞穴の奥には……

「アルト!!」

「うわぁあああっ!?」



レノはアルトが地面に叩きつけられる寸前に両手を伸ばし、彼の元へ滑り込む。両手に風の魔力を発動させ、下から風を吹き上げさせてアルトの身体を受け止める。



「くぅっ……!!」

「ぶはぁっ!?はあっ……はっ……し、死ぬかと思った」

「……二人とも、無事?」



遅れてネココは訪れると、彼女は無傷のアルトとそれを受け止めたレノを見て安心するが、アルトの方は上空に吹き飛ばされて生きた心地はしなかった。だが、時間的にはほんの数秒足らずでレノとネココはゴブリン亜種の群れを一掃する事に成功していた。


立ち上がったアルトはゴブリン亜種の死骸に視線を向け、身体を震わせながらも死骸へと近寄る。先ほどの戦闘の緊張がまだ解れていないのかとレノは心配したが、アルトは両腕を広げて喜ぶ。



「素晴らしい!!素晴らしいよ、これは!!」

「えっ……あ、アルト?」

「……急にどうしたの?」

「君たちの方こそどうしたんだ!?この光景を見てどうしてそんなに冷静でいられるんだい!?」



アルトは興奮した様子で倒れているゴブリン亜種の死骸の元に駆けつけ、片眼鏡を装着して死骸の様子を調べる。既に死亡しているとはいえ、先ほどまで命を狙った相手にも関わらずにアルトは恐れも躊躇もなく死骸を調べつくす。



「ああ、素晴らしい!!これがゴブリン亜種の身体か……なるほど、やはり毛皮の手触りも本物の動物のようだ。それにこの鋭い牙と爪!!通常種のゴブリンならばあり得ない鋭さと頑丈さだ!!」

「あ、あの……アルト、さん?」

「……頭がおかしくなったの?」

「失礼な、僕は冷静さ!!今は調べている最中なんだから口を挟まないでくれ!!ふむふむ、なるほど……」



ゴブリン亜種の死骸を前にはしゃぐアルトを見てレノとネココは若干引くが、一応は今回の依頼対象はゴブリン亜種であるため、ここで彼が満足するまで死骸を調べ上げたら引き返す事が出来る。


アルトが調べている間、レノは渓谷の方を覗き込み、ゴブリン亜種が何処からやってきたのかを調べる事にした。まさか渓谷に流れる川から現れたとは考えられず、そもそもゴブリン亜種の死骸は濡れていない。



「あいつら、何処から現れたんだろう……この下の方からかな?」

「レノ、こっちに来て……ここから見る方が分かりやすい」



レノは崖の下から覗き込んでいると、いつの間にかネココは先ほど渓谷を渡る際に利用した「大木の橋」の上に存在し、彼女は岩壁を指差す。どうやら何かを見つけたらしく、言われるがままにレノも場所を移動して岩壁を覗き込むと、最初に大木を渡った時には気づかなかったが岩壁には穴があった。



「あれは……何だろう、洞穴?」

「きっと、あの中からゴブリン亜種たちが出てきたと思う」

「洞穴だって!?どこにあるんだ!?」

「うわっ!?ちょっと、こんな足場の悪い場所で迫らないで!!」



二人の会話を耳にしたアルトは最初に向こう岸まで渡った時は怯えていたにも関わらず、意気揚々に大木に乗り込むと二人が発見した洞穴を発見した。彼は装着していた片眼鏡を掴むと、洞穴の様子を伺う。



「むっ!?奥の方で何かがあるな……よし、入ってみよう!!」

「えっ!?あそこに!?」

「……どうやって入るの?縄も何も持ってきていない」

「ふふふ、こういう時のための収納鞄さ!!僕はいかなる状況を想定してこの中には色々と詰め込んでいるんだ!!」



アルトは鞄を開くと中から太くて長い縄を取り出し、それを二人に手渡す。レノとネココは渡された縄を見てまさか崖に吊るして洞穴の中を調べて来いという意味なのかと思い、非常に面倒くさそうな顔を浮かべた――






――それから適当な樹木に縄を縛り付けて吊るした後、レノ達はゴブリン亜種が現れたと思われる洞穴の中へと入り込む。どうやらかなり奥まで続いているらしく、アルトが取り出した松明を片手に奥の方へと進む。



「ここは……ゴブリン亜種の住処?」

「その可能性が高い。だが、もしかしたらこの奥に彼等がゴブリン亜種に進化した秘密が隠されているかもしれない」

「……気を付けて、常に警戒して進んで」



レノ達は洞穴の奥へと進んでいき、やがて広い場所へと辿り着く。天井の方から植物の根があちこちに生えており、その様子を見てレノ達は嫌な予感を浮かべる。



「何だ、この大きな根っこ……邪魔だな」

「……血の臭いが酷い」

「待ってくれ、この根っこ……赤くないかい?」



洞穴の一番奥には根っこで覆われた空間が存在し、松明を掲げながらレノ達は先へと進もうとすると、ここで根っこが3人の所持している松明の火に反応したかのように蠢く。


唐突に根っこが動き出した事にレノ達は驚き、直後に根っこが動き出してレノ達の元へ向かう。それを確認したネココは咄嗟に短刀を引き抜き、迫りくる根っこを切り裂いた。



「二人とも下がって……乱切り!!」

「うわっ!?」

「何だっ!?」



ネココが空中に跳んで短刀を振り回すと、迫りくる根っこを切り裂く。その結果、根っこから赤黒い血液のような樹液が飛び出し、それを見たレノ達は慌てて樹液を浴びないように距離を開く。



刃物で切り裂かれた影響か、広間に生えている全ての根が動き出し、この際にレノ達は根っこに何かが絡みついている事に気付いた。それを見たレノは目を見開き、ネココも呆気に取られ、アルトさえも唖然とした。



「こ、これは……!?」

「魔獣の……死骸?」

「まさか……!?」



天井から生えている根っこには多数のコボルト、ファング、ボアなどの魔物の死骸が巻き付いている事が発覚し、その全ての死骸はミイラのように干からびていた。その光景を見てアルトは根っこが魔獣の死骸から養分を吸収しているとと判断した。



「ひ、酷い……でも、何でこんな……」

「……まさか、ゴブリン亜種が捕まえた獲物をここへ運びでこの植物の根っこに吸収させている?」

「ああ、そうとしか考えられない!!見ろ、どの動物も怪我をした後がある!!という事は、彼等はゴブリン亜種に倒された後にここに運び込まれたんだ!!」



大量の魔獣の死骸が植物の根っこに吊るされている光景を見てレノ達は背筋が凍り、一方でアルトはネココが切り落とした根っこを拾い上げ、天井を見上げる。

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