第66話 アカバの森

「流石だね」

「……レノも凄かった。正直、助かった」

「いやいや、どっちも凄かったよ!!流石は僕の見込んだ傭兵と狩人だ!!」



二人が笑顔を浮かべていると、戦闘が終わって安心した表情を浮かべたアルトが駆けつける。彼は二人の肩を掴んで賞賛の言葉を掛けると、ここで落とし穴に嵌まっていたナオが自力で抜け出してきた。



「くそ、ゴブリンどもめ……コクヨウ、平気か?」

「ヒヒンッ……」



自分よりも図体が大きいコクヨウを担ぎながらナオは落とし穴から抜け出すと、彼女はコクヨウの様子を調べる。特に大きな怪我は見当たらないが、ナオの方は右腕を抑え込む。



「くっ……右腕を痛めた」

「大丈夫かい?無理はしない方がいい」

「問題ない、この程度の傷など……いでででっ!?」

「嘘、これは完全に折れている」



ナオはアルトの言葉を聞いて問題ない風に振舞おうとしたが、ネココが指先でつついただけで悲鳴を上げる。どうやら落ちた際に右腕が下敷きになったらしく、完全に折れていた。


この状態ではナオは碌に戦う事も出来ず、治療を行うにしても時間が掛かる。そんな彼女を見てアルトは決断を下す。



「仕方ない、ここから先は僕とレノ君とネココの3人だけで行こうか。悪いが、ナオはここで魔獣たちの面倒を見ていてくれ」

「な、何だと!?私が足手まといになるというのか!?」

「そんな状態では碌に戦えないだろう?こちらも怪我人を抱えて進むわけにもいかない、それともその傷を治せる回復薬を持っているのかい?」

「それは……持ってないが」



薬草の原料にした回復薬と呼ばれる薬ならば骨折程度ならば短時間で治す事が出来る。だが、回復薬はその性能の高さから人気も高く、高価で売買されているのでナおは持ち合わせていなかった。



「悪いがこちらも時間はないんだ。ナオはここで待機してくれ、僕達は先に進む。言っておくが、これは依頼主としての指示だ。これ以上に駄々をこねたら報酬は無しだ」

「くっ……誇り高き戦士である私に魔獣の世話役を任せるつもりか!?」

「一人で勝手に突っ走って、罠に嵌まるような者が一流の戦士と言えるのかい?」

「むぐぐっ……」

「ナオ、スラミンの事は任せた。大人しくここで待っていて」

「じゃあ、ウルの事もお願いします。ウル、他の子と喧嘩しちゃ駄目だよ?」

「ぷるぷるっ」

「ウォンッ」



ナオはアルトの言葉に言い返せず、結局はここから先はレノ、ネココ、アルトの3人だけで森の中に入る事が決まった。元々、あまりに大人数で移動すると目立つため、実を言えばアルトも最初から図体が大きくて目立つ巨人族のナオとバトルホースのコクヨウは連れ込むつもりはなかった。


偶然とはいえ、森に入る前にナオが怪我した事で彼女は連れていけない理由が出来た。ナオも自分の不注意による怪我によって同行を拒否されるのならば文句は言えず、森の外で他の魔獣と共に留守番する事を承諾する。



「分かった、そこまで言うのならお前達だけ行け……だが、言っておくが何としても絶対に生きて帰ってこい。その男に報酬を支払わせるまえに死なせたらお前達を許さないからな」

「分かってる、私も報酬は欲しい」

「全力は尽くします」

「頼りにしているよ、君たち……そうそう、念のために君の分の報酬の半分は渡しておくよ。これで僕が死んでもその怪我の治療代ぐらいは払えるだろう?」

「……余計なお世話だ」



アルトは出発前に収納鞄から小袋を取り出してナオに渡すと、彼女は苦々し気な表情を浮かべてさっさと3人に向かうように促す。ナオに見送られる形でレノたちは遂に「アカバの森」へ入り込む――






――森に入ってからしばらく時間が経過すると、レノは森の中の異変に気付く。これだけ大きなもりならば獣の姿や鳴き声ぐらいは聞こえるはずなのだが、何故か森に入ってから1匹も動物も魔獣の姿が見えない。



「何か、変な雰囲気だな……」

「……私もそう思う。この森、何だか嫌な予感がする」

「嫌な予感だけはひしひしと感じるね……だが、その分に期待感も強まっていくよ」



レノとネココが森の雰囲気がおかしい事に不安を抱く中、アルトの方は周囲を忙しなく見渡し、虫眼鏡を取り出して樹木や地面を調べてゴブリンの痕跡を探す。


彼の目的はこの森で大量発生しているゴブリン亜種の調査であり、もしもアルトの予想が正しければこの森では通常種のゴブリンが何らかの原因で亜種へと「進化」を果たしているはずである。



「むっ!?これを見てくれ、足跡だ!!こっちの方に続いている、という事はこの先にゴブリンがいるのか!!」

「アルト、先に行かないで……それと声が大きい、敵に見つかったらどうするの!?」

「……大丈夫、今の所は近くにはいない」



ネココは聞き耳を立てて周囲の様子を伺い、少なくとも近くにゴブリンらしき生物の存在は感じられなかった。それでもアルトはゴブリンの足跡を追いかけ、二人もその後に続く。



「こっちだ、こっちの方に続いている!!二人とも、急ぐんだ!!」

「だから先に行かないで……ああ、もう」

「……依頼主じゃなければ見捨てたい気分」

「そ、それは可哀想な気がするけど……」



一人で勝手に進むアルトをレノとネココは追いかけ、やがて3人は渓谷へと辿り着く。ゴブリンの足跡はここで途切れ、渓谷には橋の代わりしているのか巨大な樹木が倒れていた。



「こ、これは……もしかして、この木を渡って向こう側に移動しているのか?」

「……まさか、この大木を渡って先へ進むつもり?」

「よし、渡ろう!!足跡はこの先に続いているんだ!!それ以外に方法はない!!」

「ええっ……」

「待って、私が先に進む……まずは人間が乗っても大丈夫なのか調べる必要がある」



アルトは意気揚々と大木へ乗り込もうとしたが、それを制して先にネココが乗り込む。渓谷の反対側までは10メートル近くの距離が存在し、慎重にネココは進む。


大木の上で襲われた場合はひとたまりもなく、慎重にそれでいながら迅速に進む必要があった。やがて彼女は無事に渡り切ると、周囲の様子を観察して問題ない事を把握し、他の二人も後に続くように促す。

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