第61話 屋敷からの脱出

――食事を終えた後、レノはアルトの部屋に免れる。この時も爺は二人の後に続き、昼間の時のように扉の前にて立ち止まる。



「アルト様、儂は部屋の前に立っていますので何か用事がありましたらお申し付けください!!」

「よく言うよ、僕の護衛ではなくて見張りのためだろう?」

「そ、そんな事はありませぬ!!」

「全く……それじゃあ、僕達は夜通し話し合う事にするよ。言っておくが、くれぐれも中を覗くような真似はするんじゃないよ。客人に対しても失礼だからね」

「分かっておりまする!!」



アルトはレノを連れて部屋の中に入ると、扉を閉める。彼は疲れた表情を浮かべながらため息を吐き出し、その様子を見てレノは尋ねた。



「あの……今日の夜に抜け出して森に向かう予定でしたよね。でも、こんな状態で抜け出せるんですか?」

「ああ、ちゃんと脱出手段は考えてある。安心してくれ」



レノは昼間の話し合いでは今夜のうちにアルトは森を抜け出す予定だった。しかし、屋敷の中には常に兵士が見回りを行い、抜け出すのは非常に難しい状況だった。


部屋の窓の方にアルトは近寄ると外の様子を眺め、案の定というべきか裏庭の方にも数名の兵士が配置されていた。これでは窓を抜け出しての脱出も難しく、彼はカーテンを閉めると外部から部屋の様子を覗かれない状況を作り出す。



「さて、まずはここから脱出しないといけないな」

「でも、どうやって脱出するんですか?」

「脱出自体は簡単さ、このクローゼットの中に脱出路を用意してある」

「クローゼットに?」



アルトはクローゼットを開くと、中に入っている服を左右に分けてクローゼットの奥の壁に手を押し当てる。すると壁は左右に分かれ、隣の部屋に繋がっている事が判明した。



「僕の部屋のクローゼットは隣の空き部屋に繋がっているんだ」

「うわ、凄い……でも、どうしてこんな仕掛けがあるんですか?」

「ふふふ、万が一の場合を想定してこの屋敷のあちこちには僕しか知らない仕掛けを施しているんだ。さあ、付いて来てくれ……おっと、その前に偽装工作はしておかないとね」



仮に部屋の中を爺や兵士が覗き込んだ場合を想定し、アルトは自分の部屋のベッドに詰め物をおいて毛布を掛ける。これならばレノとアルトが共に寝ているように見えなくもない。いくら客人とはいえ、今日出会ったばかりの相手と共に寝るなど少々不自然のように思えるが、それを考慮してアルトは昼間の間はレノと表面上は仲睦まじく接していた。



「これでよし、これなら爺も騙せるだろう」

「あの……もしも脱出した事を知られればアルトさんもまずいんじゃないですか?」

「まずいだろうね、最悪の場合は勘当されるかもしれない。けど、それならそれで僕は構わない。学者として十分に一人で生きていけるし、そもそも僕は領主になるつもりはないからね」

「え?領主?」

「言っていなかったかい?父上は兄上よりも僕を領主にさせようと思っているんだ。学者として名が通っているし、自分でいうのものなんだが僕は兄上よりも人脈が広いからね。だが、僕は領主なんかに興味はない。勘当できるものなら勘当すればいいさ、まあ安心してくれ。君には迷惑を被らないように配慮するよ」

「本当にお願いしますよ……」



レノの行動は下手をしたら領主の息子を誘拐されたと勘違いされてもおかしくはなく、最悪の場合は犯罪者として指名手配される可能性もある。しかし、既にレノは依頼を引き受けてしまい、断れる立場ではなかった。


二人は隣の部屋に移動すると、今度は事前に用意していた兵士の格好へと着替える。兵士に変装して抜け出すのがアルトの計画らしく、二人は着替えるとすぐに扉の外の様子を観察する。



「ぐうっ……ぐうっ……はっ!?い、いかん……眠っては……」



扉を少し開いて通路を観察すると、何故かアルトの部屋の前に立っている爺は寝ぼけ眼で身体がふらついており、その様子を見てアルトは笑みを浮かべる。



「ふふふっ……眠り薬が効いてきたな」

「眠り薬って……まさか、食事に盛っていたんですか!?」

「ああ、屋敷の女性の使用人は全員僕の味方だからね。彼女達に頼んで爺の食事に眠り薬も仕込んだのさ。ベッドの技巧工作だけでは不安だったからね」

「うわぁっ……」



女性の使用人を利用してアルトは爺の食事に睡眠薬を持った事にレノはドン引きするが、やがて爺は眠気に耐え切れずにその場に座り込み、いびきをかきながら眠り始めた。


その間にレノとアルトは部屋から抜け出すと、そこから先は兵士として振舞いながら屋敷内に存在する馬小屋へと向かう。兵士の格好をしていると他の者達には特に怪しまれず、無事に馬小屋へと辿り着いた。



「ウル……ウル、起きてる?」

「ワフッ……?」

「大きな声を上げないように気を付けてくれ……裏口からこっそり抜け出すぞ」



屋敷を抜け出して森まで徒歩で向かうわけにもいかず、レノとアルトは馬小屋にて自分の乗り物を用意する必要があった。レノはウルに声をかけるとすぐにウルは目を覚まし、一方でアルトの方は自分の愛馬を引き寄せる。



「よし、来るんだシルバー……」

「ヒヒンッ!!」

「うわっ!?ど、どうしたんだ?いつもは大人しいのに……」

「あ、もしかして……うちのウルに怯えてるのかも」



だが、ここで予想外にもアルトの愛馬はウルの姿を見て恐れを抱いたのか言う事を聞かず、アルトは困った表情を浮かべる。何とか連れていこうとするが、白狼種のウルを抑えて白馬は言う事を従わない。



「むうっ……仕方ない、レノ君。悪いが君の狼君は僕を乗せる事も出来るか?」

「ウル、二人でも大丈夫?」

「ウォンッ」



ウルはレノの言葉に問題ないとばかりに頷き、ここから先はウルだけを連れて抜け出す事を決めた。その後は馬小屋を抜け出したレノとアルトは裏口へと急ぎ、そこにいた兵士達も爺と同じように眠り込んでいた。


どうやら裏口の見張り役の兵士達の食事にも睡眠薬が仕込まれていたらしく、彼等の手には夜食用と思われるサンドイッチが握りしめられていた。恐らくは女性の使用人が持って来たものだと思われるが、何も疑わずに食べて眠ってしまったらしい。



「ぐうっ……ぐうっ……」

「ううんっ……」

「ふふふ、眠ってる眠ってる。悪いが、ここは通させてもらうよ」

「うわぁっ……」

「ウォンッ……」



眠りこけている裏口の兵士達を見てアルトは笑みを浮かべ、レノとウルはその光景を見て呆れてしまう。こうして大きな騒ぎを起こさずにレノ達は無事に屋敷を抜け出す事に成功した。

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