第60話 護衛依頼
「僕はこの森の調査を行いたい。そこで君に護衛を依頼したいのさ」
「ぶほっ!?」
さらりととんでもない事を言い出したアルトにレノは紅茶を噴き出し、激しく咳き込みながらも彼が何を言っているのかを理解しているのかを問う。
「げほげほっ……ま、待ってください。森を調査するって、この森からゴブリンの亜種が外に流れ込んでいるんですよね!?」
「ああ、それは間違いないね」
「そんな場所に入るなんて危険過ぎますよ。下手をしたらゴブリン亜種の巣窟と化しているかもしれないんですよ!?」
「しかし、ここへ入れば僕の説が証明されるかもしれないんだ!!亜種は突然変異によって生まれるのではなく、特殊進化を果たした進化種であると証明できる絶好の機会なんだ!!そのためには君の力が必要なんだ、頼む!!」
アルトはレノの両肩を掴み、なんとしても自分の護衛として同行して欲しい事を願う。どうしてレノは自分にここまで固執するのか分からず、理由を尋ねる。
「ご、護衛ならこの街の冒険者に頼めばいいじゃないですか。冒険者は魔物退治の専門家ですよ?」
「それは駄目だ、実は爺の奴が父上に僕の計画を密告してね。そのせいで冒険者ギルドには根回しされて僕の護衛依頼を引き受けてくれないんだよ」
「な、なるほど……」
「父親として息子を心配してくれる気持ちは有難いと思うよ。だが、僕のこの研究意欲は誰にも抑える事は出来ないんだ!!僕は何としてもあの森に入り、ゴブリン亜種がどのようにして生まれているのかを知りたい!!そのためには君の力が必要だ、レノ君!!」
「そ、そういわれても……俺一人で護衛なんて無茶ですよ」
「大丈夫、君だけじゃない。実はあと2名ほど護衛の依頼をしている子がいるんだよ」
レノだけではなく、アルトは他にも2名ほど個人的に護衛を依頼している人間がいるらしく、そちらも冒険者ではないという。冒険者ギルドが頼りにならない以上、アルトは冒険者ではない人物に護衛を頼むしか方法はなく、レノにも頼み込む。
「頼む、君の実力を見込んでどうかこの依頼を引き受けてくれ!!ホブゴブリンやタスクオークを倒す君ならゴブリン亜種なんか敵じゃないはずだ!!」
「そ、そういわれましても……」
「それに聞いたところによると、君はとある防具を欲しいらしいね……もしも引き受けてくれるというのであれば前金代わりにその防具をこの場で与えよう」
「えっ……」
依頼を引き受けることを渋るレノに対してアルトは奥の手を用意していたらしく、彼は部屋の中に存在するクローゼットを開くと、そこにはレノに見覚えのあるデザインのローブが入っていた。
アルトが取り出したローブは間違いなく、先日にネカが見せてくれた「退魔のローブ」で間違いなかった。どうして退魔のローブをアルトが所持しているのかと驚くと、彼はローブを手に入れるまでの経緯を話す。
「実はネカさんから色々と話を聞いていてね。この退魔のローブに君は強い関心を惹いていると聞いていたんだ。だからこの退魔のローブは僕が買い取ったんだ」
「買い取った!?金貨10枚もするんですよ!?」
「ふふふ、貴族の財力を舐めないでくれ。しかも僕の場合は学者としてそれなりに稼いでいるからね、金貨10枚など簡単に用意できる。さて、肝心の護衛の依頼に関ししての報酬だが、具体的には前金代わりにこの退魔のローブを君に渡そう。そして僕の護衛を果たせばお礼に金貨10を渡そう。どうだい?」
「き、金貨10枚!?」
退魔のローブだけでも金貨10枚相当の価値はあるが、更に護衛達成の報酬として金貨10枚を支払うというアルトの言葉にレノの心は大きく揺れる。そんな彼の様子を見てアルトは留めの一言を告げた。
「……それに君が護衛を引き受けなかった場合、君の弓の腕前を僕は色々な人に話してしまうかもしれないね。それは君にとっては少々困るんじゃないのかい?」
「えっ!?」
「僕はこう見えても口は堅い方だ。だが、自分の目的のためなら手段は選ばない……頼む、どうか僕の護衛を引き受けてくれ!!」
アルトは退魔のローブをレノに押し付けると、その場で膝をついて頭を下げる。貴族であるはずの彼の行動にレノは驚かされ、こんな場所を見られたらとんでもない誤解をされかねない。
「ちょ、止めてください!!分かりました、分かりましたから……その護衛、引き受けさせてください!!」
「おおっ!!ありがとう、君ならそう言ってくれると思ったよ!!今日から君は心の友だ!!」
「心の友って……はあっ」
レノの言葉にアルトは満面の笑顔で手を掴み、力強く握りしめる。最初に感じた彼の印象は冷静沈着な男性だと思ったが、実際の所は目的のためなら手段を選ばないある意味では熱い男だと判明した――
――その日の晩はアルトの好意でレノは屋敷に泊めてもらう事が決まり、夕食は随分と豪勢な料理を振舞ってもらう。現在の屋敷にはアルトの父親である領主は用事で離れているらしく、この屋敷にはアルトしかいないという。彼は兄がいるのだが、その兄も仕事でしばらくは戻ってこないという。
「さあ、遠慮なく食べてくれ。今日は君のためにご馳走を振舞ったよ」
「ど、どうも……」
食堂にてレノはアルトと向かい合う形で座り、豪勢な食事を味わう。周囲には大勢の使用人に囲まれ、その中には爺や屋敷の警備を行う兵士の姿もあった。
食事を行うだけにしては兵士の数が多く、しかも彼等は意図的に窓際や扉の前に立っていた。その様子を見てレノは疑問を抱き、彼等が注目しているのは自分ではなく、アルトに注意を向けているように見えた。
「あの……どうして兵士の皆さんはアルトさんを見てるんですか?」
「むっ、いやそれは……」
「全く、彼等は父上に命じられて僕の様子を監視してるんだよ。僕が一人で勝手に屋敷を飛び出さないように見張っているんだ。全く、父上も心配性だな」
「アルト様、そうおっしゃらないでください。ご当主もアルト様の事を心配しておられるのです」
爺はアルトの言葉に慌てて言い訳をするが、そんな彼に対してアルトは疲れた表情を浮かべる。一方でレノはアルトが兵士に見張られているのならばどうやって彼が屋敷から抜け出すつもりなのか気になった――
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