第59話 亜種の研究
――使用人が運んできた紅茶と御茶菓子を味わい、まずはアルトは現在製作中の魔物の羊皮紙を手渡す。そこには世間で知られている有名な魔物や、レノも初めて知る名前の魔物の名前も記されていた。
「現在、僕は魔物の「亜種」を研究しているんだ。先日、ニノに訪れたのも魔物の亜種が現れたという話を聞き、調査のために赴いたんだよ」
「あ、それってまさか……」
「そう、君が倒したというコボルトの亜種の事さ」
アルトはニノの街の周辺にてコボルト亜種が現れたという噂を耳にしたらしく、彼は自分の研究のために護衛を引き連れてニノの街へと訪れたらしい。その時に偶然にも冒険者ギルドの方にてレノが討伐したコボルト亜種の素材が運び込まれたと知り、この時にアルトはレノの存在を初めて知る。
その後にアルトは知人のネカを通して彼の詳しい情報を聞き出し、都合よくレノがサンノの街へ向かうという話を聞いていたらしい。急いで後を追いかけて話を聞こうとしたが、旅の途中で馬車が故障してしまい、偶然にもアルトは小川で魚を弓矢で狩猟するレノを見つけたという。
「正直、あの時に小川で君に出会えたのは奇跡としか言いようがないね。まあ、サンの街に君が先に辿り着いた時は兵士達に君を外に出さずに僕の元へ連れていくように命じるはずだったが、本当に運が良かった」
「はあ……あの、もしかして俺を探していたのはコボルト亜種の話を聞きたいからんんですか?」
「それも理由の半分でもある。もう半分の理由は後で話すよ、その前にコボルト亜種と出会った時の状況、どんな印象を抱いたか詳しく教えてくれるかい?」
片眼鏡を装備して大量の羊皮紙を取り出したアルトは興味深々な表情を浮かべてレノにコボルト亜種を討伐した時の話を尋ね、そんなアルトにレノは仕方なくコボルト亜種と出会った時の出来事を事細かに話す。
「……と、俺と戦ったコボルト亜種はこんな感じでした」
「なるほどなるほど……ホブゴブリンをあっという間に倒した君でさえも脅威を感じる存在だったのか」
「あの時は本当に怖かったですね。普通のコボルトはもう何匹も倒したのに、コボルト亜種を見つけた時は背筋が凍りました」
「ふむ、やはり亜種は特別な存在か……やはり通常の進化種とは違い、環境の違いによって独特の進化を果たした個体か、それとも定説通りに突然変異で生まれた個体なのか……」
「あの、どうかしました?」
ぶつぶつと独り言を行うアルトにレノは心配して声をかけると、アルトは片眼鏡を直しながら話を戻した。
「ああ、すまない。考え込む事と僕は遂に他の事が目に見えなくてね……実は今の僕が研究の対象にしているのは亜種と呼ばれる魔物なんだ。彼等は一般的には突然変異によって生まれた特殊な魔物だと信じられている」
「突然変異……」
「これまでの説では魔物というのは一定の割合で稀に色違いの魔物が誕生し、その魔物の事を亜種と呼ばれる。しかし、僕は彼等が本当に突然変異によって生まれた生物ではなく、環境の違いによって独自の成長を果たした進化種ではないかと予想しているんだ!!」
「えっ……進化種と亜種は別ですよね?」
レノはダリルや麓の村の大人達からは「進化種」と「亜種」は別々に取り扱われ、前者の場合は通常種の魔物が成長を果たし、より強力な個体へと進化した種類。後者の場合は突然変異によって生まれた時から亜種として誕生した特別な存在だと教わっていた。
しかし、魔物の研究を行う学者としてアルトはこの説が間違っていると考えていた。魔物の亜種は突然変異でしか誕生しない魔物などではなく、通常種の魔物が特殊な環境下や餌を口にした事で独自の進化を果たした存在、それが「亜種」だと彼は提唱する。
「亜種というのは進化種の一種であり、決して突然変異によって誕生したわけではなく、特殊な進化を迎えた存在なんだ。しかし、世間の先輩学者共は僕のこの説を否定し、そんな事はあり得ない。子供の空想だと馬鹿にした。だけど、僕は僕の考えを信じている!!」
「うわっ!?」
「おっと、失礼。驚かせたね……だが、今の言葉は僕の本心だ。そこで君に頼みたい事があるんだ」
「は、はあっ……」
アルトは地図を机の上に地図を広げ、レナに確認させる。地図はどうやらこのサンノの街の周辺地域が記されているらしく、サンノの西側に存在する森を指差す。名前は「アカバの森」というらしく、アルトは指先で円を描く。
「実は最近、冒険者ギルドの方にゴブリン亜種の討伐依頼が殺到しているそうだ。最近、何故か滅多に姿を見せないはずのゴブリン亜種が見かけるようになったらしい」
「ゴブリン亜種?」
「ああ、外見は全身が赤色の皮膚に覆われたゴブリンだ。しかも普通のゴブリンには存在しない獣のような体毛を生やしているらしい」
「え、体毛……?」
通常のゴブリンは人間のように体毛は毛深くはなく、コボルトやオークなどの魔獣型の魔物と違って毛皮が生える事はない。しかし、最近にこの地方で出現するようになったゴブリン亜種は皮膚が赤色だけではなく、獣のような体毛が生えているという。
研究も兼ねてアルトは冒険者ギルドに立ち寄り、冒険者達が倒したゴブリン亜種の死骸を確認したところ、何故かゴブリンの体毛が獣のように生えていた。これまでに発見されたゴブリン亜種には存在しない特徴らしく、どうしても調べたいと思ったアルトはゴブリン亜種が何処から出現しているのか調査させた。
「知り合いの冒険者によると、ゴブリン亜種が最初に姿を現した場所はこの村だ。そしてこれまでにゴブリン亜種の目撃情報があった場所を把握した限り、どうやらゴブリン達はこの森の近くで発見されている」
「という事は……ゴブリン亜種はこの森で生まれている?」
アルトが指示した村はアカバの森の近くに存在し、冒険者達の目撃情報も森の周辺に集中していた。その事から考えられるのゴブリン亜種が現れているのはこの森だと判明し、理由は不明だがこの森の中でゴブリン亜種が増殖している事が発覚した。
「僕はこの森の中に秘密があると思っている。他の奴等は亜種同士が交尾して同種を増やしているというが、僕は違うと思う。この森の中でゴブリンが亜種に進化しやすい環境が整っているんだ。だから森に暮らすゴブリン達が次々と亜種へと進化を果たしていると思うんだ」
「はあっ……」
レノはアルトの言葉に戸惑い、その情報を自分に教えてどうするつもりなのかと思うと、ここで彼はレノの肩を掴んで笑顔で答える。
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