第58話 アルトの望み

「アルト様!!お客人をお連れしました!!」

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ……やあ、よく来てくれたね」

「どうも……ここは、書斎ですか?」



レノは部屋の中に入ると、大量の本棚が並んでいる事に気付く。アルトはその本棚の前で随分と大きな本を読んでおり、その表紙には魔道具という名前が刻まれていた。



「いや、ここは僕の私室さ。書斎は別にあるけど、正直に言って僕の部屋の方が本が多いね」

「アルト様は子供の頃から本を集めるのが趣味でしてな……そのせいか、子供の頃から本を読んでばかりいたせいか、大人顔負けの知識量を持ち合わせており、学者として働いております」

「学者?それは凄いですね」

「そんなことはないさ、学者の仕事といってもこんな街では出来る事は限られているからね。正直、子供達に文字の読み書きを教える仕事の方が気が楽だよ」

「アルト様、またそんな事を……」



アルトは領主の息子であるが、学者としても名を馳せているらしく、彼は1冊の本を取り出す。そこには「魔道具図鑑」と記されており、著者の名前はアルトが記載されていた。



「えっ!?この本……まさか、アルトさんが書いたんですか?」

「ああ、僕が調べた限りの魔道具の資料が記されているよ。といっても、これは不完全なんだ。この本に記されている内容は全部僕が他人の話や書物を聞いて書いた物さ」

「何を言っておられるのですか!!この本のお陰でアルト様は学者として認められるようになったのではないですか!!これは誇るべき事です、何しろこの本はアルト様がまだ10才の頃に記した物ですからな!!」

「10才で本を!?」



子供の頃にアルトは自分が調べた限りの知識を生かし、彼が知る限りの「魔道具」と呼ばれる特殊な道具の資料を制作した。その資料を1冊の書物にまとめて国の学者に提出した所、その本の内容があまりにも正確で詳細に記されている事から国の学者たちはアルトの才能を見抜き、学者の職を与えたという。


この本以外にもアルトは様々な本を出版しているらしく、彼は領主の息子でありながらも学者としての名前が通っている。しかし、本人はその事に対して不満があるのか、彼は悩んでいた。



「今の僕が研究したい事は魔物に関する事だ。僕はこの世界に存在する全ての魔物を調べつくし、彼等の図鑑を作りたいと思っている。しかし、その研究を父上が邪魔するんだ!!」

「アルト様、またそのような事を……何度も言いましたが魔物とは危険な存在なのです!!そんな魔物を研究するなんて命知らずです!!」

「危険な相手だからこそより詳しく調べ、彼等の生態を調べ上げる必要がある!!魔物を調べつくし、その情報を書物にまとめて他の人間にも知らせる!!そうすれば魔物の恐ろしさがより詳しく知れるだろう!!ああ、どうして父上は僕の研究意欲を理解しながら協力してくれないんだ!!」

「あ、あの……それで、俺を呼び出した理由は?」

「ああ、そうだった。忘れていた、実は君を呼び出したのはある仕事を引き受けて欲しいからなんだ」



レノが話しかけるとアルトは笑顔を浮かべて部屋の中に存在するソファに座るように促す。なんだか面倒事に巻き込まれそうな予感を覚えながらもレノは座ると、アルトは彼の前に図鑑を置く。それは先ほどアルトが読んでいた図鑑だった。



「この図鑑には世界中のありとあらゆる魔道具の事が記されている。その中に弓の魔道具も存在するんだが……不思議な事に君が持っている弓に関する記述はなかったんだ」

「えっ……」

「勿論、この図鑑に記されていないだけでまだ発見されていない弓型の魔道具があるだろう。もしかしたらこの図鑑が作られた後に新しい魔道具が作られた可能性もある。しかし、僕の予想では川で見せた君の矢……あれは君の実力で魚を射抜いたんじゃないのかい?」

「それは……」

「ああ、大丈夫さ。別に責めているつもりはない、誰にでも秘密にしたい事はあるからね」



レノは自分の嘘が見破られていた事に戸惑い、まさか魔道具を記す図鑑があるなど思いもしなかった。しかも目の前にいるのは図鑑の製作者である。


アルトはレノの態度が変わった事に気付いて笑みを浮かべると、そんな彼の前に一枚の羊皮紙を差し出す。その羊皮紙の内容を見ると、そこにはネカの名前が記されていた。



「実は君もあった事があると思うが、ネカという商人と僕は親交があってね。少し前に僕はニノの街に用事があって立ち寄っていたんだが、そこで君の話を聞いていたんだ。なんでも冒険者でもないのにホブゴブリンの集団を一掃できるほどの実力を持つ剣士がいるとね」

「えっ!?」

「実際にネカさんに会って話を聞いてみた所、君の弓の腕は素晴らしいそうだね。君に助けられた人間達もまるで矢が勝手に移動してゴブリン達を狙い撃っているように見えたらしい。僕は川の中を泳ぐ魚を射抜いた君を見てすぐに確信したよ。君がネカさんが話していた人物だとね」



レノはネカに自分の弓に関する口封じをすることを怠っていた事を今更ながらに後悔し、確実にアルトはレノの「魔弓術」に勘付いていた。ダリルからは絶対に他の人間に魔弓術の事を知られてはならないと言われていたが、遂にその秘密を知られてしまう。


最もアルトが知っているのはレノが何らかの手段を用いて標的を外さないという事だけであり、魔弓術の原理までは見抜いてはいない。今ならば誤魔化せるかと思ったレノは口を開こうとした時、ここでアルトはロンに話しかける。



「ここから先は彼と二人だけで話したい。爺は出ていってくれ」

「なっ!?しかし、儂はアルト様の護衛を……」

「客人と話すのに護衛なんか必要ないだろう?いいから出ていくんだ」

「むうっ……そこまでおっしゃるのならば部屋の外で待っています。何かありましたらすぐにお知らせください」

「ああ、それと使用人に紅茶と御茶菓子を用意してもらえるように頼めるか?彼とは長い話になりそうだからね」

「……外に待たせているウルに餌を与えてもいいですか?」

「君が連れている白狼種の狼の事だね?大丈夫、既に兵士が食料を与えているよ」



どうやらウルの存在もアルトは知っていたらしく、先手を打っていた。前々からレノの情報は調べていたらしく、増々逃げにくくなったレノは彼の頼みの内容を聞いてみる事にした――

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