第56話 アルトと名乗る青年
「よし、1匹目確保。あと何匹か捕まえるか、うちの食いしん坊が満足させないとな……」
レノは続けて矢を放ち、追加で3匹ほど水中を泳ぐ魚を射抜く。これだけ捕まえればウルも満足するだろうと判断し、水底に刺さった矢を引き抜く。全ての矢には魚が刺さっており、岸部へと移動する。
「今日の朝ご飯は焼き魚だな。さあ、寝坊助が起きる前に焚火を……」
「素晴らしい腕前だね」
「っ!?」
何処からか聞こえてきた声にレノは驚いて振り返ると、小川の傍に存在する岩の影から一人の青年が姿を現す。金髪の髪の毛に一見は女性と見間違えるほどの綺麗な顔立ちの青年だった。服装に関しても貴族が着込むような立派な物で腰には剣を差していた。
現れた青年を見てレノは冷や汗を流し、髪の毛の色合いからエルフかと一瞬思ったが、彼の耳元は細長くはないため人間だと知る。どうやら魚を取っている所を見られたらしく、青年はレノが手にした魚が突き刺さった矢を見て興味深そうな表情を浮かべた。
「凄い、さっき見ていたけど……本当に水中に泳いでいる魚を射抜いたのかい?信じられない、正に神業だ」
「いや、これは……その、俺の持っている弓が凄いだけで」
「ほう、という事は君の持っている弓は魔道具が何かかい?」
青年の言葉に咄嗟にレノは前にもネカに話した嘘を吐くが、青年はレノの言葉を聞いて彼が背中に背負っている弓を覗き込む。そして矢が突き刺さった魚に視線を向け、考え込む。
「ふむ、確かに良い弓だと思うが……それほど特別な弓には見えないな。それとも、この弓の金具の部分に何か仕掛けがあるのかな?見た所、風の魔石を取りつけているようだが……」
「あ、あの……」
「おっと、これは失礼……まだ名前も名乗っていなかったね。僕の名前は「アルト」だ。君の名前を教えて貰ってもいいかい?」
「えっ……れ、レノです」
アルトと名乗る青年の言葉にレノは反射的に名乗ってしまう。レノの名前を聞いたアルトは考え込む素振りを行い、やがて首を振る。
「ふむ、レノか……僕の知る限り、弓術で有名な武人にはそういう名前の人物はいないね。という事は本当に水中に泳いでいる魚を射抜けたのは君の腕ではなく、その背負っている魔道具のお陰なのかい?」
「そ、それは……」
「もしかしたら君自身、何か隠しているんじゃ……」
「アルト様!!ここにおられましたか!!」
レノはアルトの言葉に冷や汗を流し、そんな彼にアルトは問い詰めようとした時、何処からか男性の声が響く。その声を耳にした途端、アルトは面倒そうな表情を浮かべる。
声がした方に振り向くと、鎧を纏った老人がガシャガシャと派手な音を鳴らしながら駆けつける姿があった。老人はアルトの前に辿り着くと、激しく肩で息をしながらもアルトに怒鳴りつけた。
「はあっ、はあっ……や、やっと見つけましたぞ!!アルト様、また勝手に一人で行動して……うっ、げほげほっ!!」
「爺……もう年齢なんだから無理をするんじゃないよ」
「な、何を言われますか……こう見えても儂は若いころは戦場を駆け抜け、数多の敵を打ち倒し、遂にはしょっ……」
「おっと、君の自慢話は聞き飽きたよ。レノ君、邪魔が入ってしまったね……今日の所は僕達はこれで失礼させてもらうよ」
「えっ?」
アルトは爺と呼ぶ人物の背中を押してその場を離れ、最後に苦笑いを浮かべながらレノに頭を下げる。そんな彼等を見てレノも頭を下げると、爺は戸惑いの声を上げる。
「ま、待ってくだされ!!まだ儂の話は終わって……そもそも、そこの少年とアルト様はどういうご関係なのですか!?」
「彼とはさっき、ここで会ったばかりさ。ほら、行くよ爺!!馬車の修理が直ったんだろう?」
「そ、そうでした!!すぐにサンノの街へ向かわなければ!!」
爺はアルトの言葉を聞いて慌てて駆け出し、その様子を見てアルトはため息を吐きながらも最後にレノの方を振り返る。彼は自分の懐から銀色に輝くメダルを取り出し、レノへ向けて放り投げた。
「もしも君がサンノの街へ向かうのなら見張りの兵士にこれを渡してくれ!!それを見せれば通行料は免除されるはずだ!!」
「えっ!?」
「必要ないと思ったらそのメダルは捨てておいてくれ!!だが、きっと君は僕とまた出会うと思う!!そんな予感がするんだ!!」
「アルト様、何をしておられるのですか!!ほら、馬車が追いついてきましたぞ!!早くお乗りください!!」
「全く、爺はせっかちだな……」
アルトたちの元に馬車が到着し、随分と立派な白馬に馬車を引かせていた。馬車の方もネカの商団の馬車と比べて随分と凝った装飾が施されており、どう見ても貴族が乗るような馬車にしか見えなかった。
最後にアルトはレノに手を振り、爺は一礼すると二人は馬車に乗り込む。そのまま馬車は駆け出し、サンノの街の方角へ向けて出発した。その様子を見送ったレノは唖然とするが、渡されたメダルを見て困り果てる――
「――アルト様、どうしてあの者にメダルを渡したのですか?」
「ん?ああ、ちょっと気になる事があってね……」
馬車に乗り込んだアルトは彼が爺と呼ぶ男性と向かい合う形で座り、外の景色を眺めながら微笑む。その様子を見て男性はあからさまに表情を引きつらせた。アルトがこのような顔を浮かぶ時は必ず碌でもない事を考えている時だった。
「アルト様……まさかとは思いますが、まだあれを諦めていないのですか?」
「当然だろう、爺だって知っているだろう。子供の頃から僕はどんな願いも叶えてきた」
「しかし、当主がお許しになられるはずが……」
「父上は約束してくれた、自分の出す条件を全て満たせば僕が家を出ることをね。それに家は兄上が継げばいい、お前もそう思うだろう?」
「いや、そんな事は……」
「この話はこれまでだ。さあ、彼が来るのを待とう……君の事を試させてもらうよレノ君」
アルトは先ほど川の中から魚を射抜いたレノの姿を思い浮かべたアルトは笑みを浮かべ、彼は自分の元にレノが必ず訪れると確信していた――
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