第54話 依頼の報酬

「事前に言っておくが、ミスリルは魔法金属の中でも最も入手しやすい物だ。それでも市販で販売されれば1キロで金貨10枚近くはするがな」

「金貨10枚!?そ、そんなにするんですか?」



魔法金属の中でもミスリルは比較的に手に入りやすい代物だと言われているが、それでも現在のレノの所持金を支払っても手が出せない。但し、今回の依頼の報酬は退魔のローブとは別にネカの方が支払うという話を思い出したレノは駄目元で尋ねてみる。



「あの、ネカさんはミスリルを持っていますか?」

「ええ、店に保管しています。しかし、流石に今回の依頼の報酬だけでは……」

「言っておくが、この腕輪はもう使い物にならないぞ。出力を抑えて風の魔石を引き出そうとしても無駄だ」



レノの言葉にネカはあからさまに目を泳がせ、ムメイの方はレノから渡された銀の腕輪を見せつける。レノは考えに考えた末、ここである決断を行う。



(防具は惜しいけど、仕方ないか……)



報酬である退魔のローブも金貨10枚程度の価値が存在する代物である事を思い出し、ここでレノはネカに相談した――






――翌日、街に戻ったレノはムメイの工房に赴き、彼女からミスリル製の魔法腕輪を手渡される。既に新しい風の魔石が嵌め込まれており、改めてレノは新しい腕輪を受け取った。



「これがミスリルの魔法腕輪だ。これなら何があろうと魔石も腕輪も壊れる事はないだろう」

「うわぁっ……ありがとうございます」

「それにしてもまさかこの腕輪を手に入れるために退魔のローブを諦めるとはな……まあ、久しぶりにいい仕事をさせてもらった。その魔石は餞別だ、無料にしておいてやる」

「えっ!?いいんですか?本当にありがとうございます!!」



レノは緑色に光り輝く金属の腕輪を受け取り、早速ではあるが腕に嵌め込む。この腕輪ならば魔石にも負荷を与えず、魔法腕輪が壊れる心配もない。しかも弓の方もミスリル製の金具に取り換えてもらい、これでレノが全力で戦ったとしても腕輪も弓も壊れる心配は消えた。


但し、今回の素材に必要だったミスリルを手に入れるためにレノはネカに頼み込み、今回の依頼の報酬を「退魔のローブ」から「ミスリル」に変更して貰った。正直に言えば長旅を考えれば退魔のローブは欲しかったが、風の魔石を使いこなしたいレノは悩んだ末に彼が所有していたミスリルを受け取る。


ネカの方は貴重なミスリルを手放したくはなかったようだが、今回の依頼ではオークだけではなく、オークの上位種のタスクオークの素材もレノが提供した。タスクオークの素材など滅多に手に入らず、彼は悩んだ末にミスリルをレノに渡した。こうしてムメイによってレノは新しい魔法腕輪と弓の金具を入手し、確実に戦力は強化された。



「さて、私の仕事はここまでだ。その魔法腕輪を風の魔石を使いこなせるのはお前次第だ。よく覚えておけ、どんなに優れた武器だろうと使い手が未熟なら武器の性能を引き出す事は出来ない。その魔法腕輪は間違いなく私の傑作だ、だからそれに見合う実力を必ず身に付けておけ」

「はい、頑張ります!!」

「……用事が終わったのならもう行け、私はもう寝る」



加工に難しい魔法金属を数時間費やして腕輪と金具を作り上げたムメイは眠気に襲われ、レノを工房から出ていくように指示を出す。レノはムメイに頭を下げて立ち去ろうとすると、最後にムメイはレノに声をかけた。



「なあ、お前の親父さんは……どんな奴なんだ?」

「え?」

「いや、何でもない……忘れてくれ」



ムメイの言葉にレノは驚いて振り返ると、彼女は顔を逸らす。そんなムメイに対し、レノは自分の養父であるダリルの事を語る。



「普段は気さくで優しいけど、怒ると凄く怖くて、それでも俺が泣きだすと慌てて謝って宥めてくる優しいお義父さんですよ」

「……そうか、そういう所は変わってないんだな」



レノの言葉を聞いてムメイは無意識に口元に笑みを浮かべ、昔からダリルは子供に対しては甘かった。彼女と共に師匠の元で世話になっていた時はよくケンカしたが、いつもムメイが泣きだした時はダリルは謝ってきた。


昔の事を思い出して気恥ずかしくなった彼女は今度こそ本当に寝るために工房の奥へと姿を消し、そんな彼女の後姿を見てレノは不思議に思いながらも彼女の工房を後にした――






――レノはムメイの元から去ると、事前に纏めていた荷物を持ち上げ、街の外へと出向く。既にウルが待ち構えており、レノの姿を見たウルは嬉しそうに駆け寄ってくる。



「ウォンッ♪」

「あはは、お待たせウル……じゃあ、次の街に出発しようか」



タスクオークとの戦闘で吹き飛ばされたウルだったが、特に大きな怪我は負っておらず、一晩ほどゆっくりと休んだだけで回復した。白狼種の回復力は並の魔物よりも高く、レノはウルの背中に乗り込むと改めてニノの街を振り返る。


この街に滞在していた期間は短いが、それでも色々な出来事があり、最後にレノは街の風景を記憶に刻むとウルに声をかけて草原へと繰り出す。



「行こう、ウル!!次の街へ!!」

「ウォオオンッ!!」



レノはウルの背中に乗りながら次の目的地である「サンノ」の街へと出発した――

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