第42話 冒険者に頼めない理由

「レノ殿に行ってもらいたいのは「オーク」を仕留めて欲しいのです。それも10頭ほど……」

「オーク、ですか?」



オークとはボアとは異なる猪型の魔獣の一種であり、外見の方は豚というよりも猪に近い。通常のボアと異なる点はオークの場合は二足歩行で人間のような手足である。


ゴブリンほど知恵は高くはなく、コボルトほどの素早さは持ち合わせていないが、単純な腕力ならばオークは二種よりも上回る。基本的には草原などには暮らさず、森の中に生息する種だが、餌が不足すると人里に訪れて襲い掛かる事も珍しくはない。



「オークの肉はボアと同様に人気がありますからな、食材としては味も良くて栄養も高い。それ故に貴族の間でも人気のある食材でございます」

「へえ、それは初めて知りました」

「実を言えば私の知り合いの貴族が子供の誕生会にどうしてもオークの肉を調達して欲しいとの頼みを受け、私の方もオークの肉を調達するために人材を探していました。そこでレノ殿にオークの討伐をお願いしたいのです」

「事情は分かりました。でも、どうして冒険者に依頼しないんですか?」



魔物の討伐ならば冒険者に頼むのが一般的であり、彼等は魔物退治の専門家といっても過言ではない。普通に考えれば出会ったばかりのレノに頼るよりも冒険者ギルドに依頼を申し込んで冒険者に任せるのが一番だと思われるが、ネカはレノの提案を強く否定した。



「いえ!!この依頼はどうしてもレノ殿に引き受けてもらいたいのです!!この街の冒険者など、当てになりませんからな!!」

「えっ……どうしてですか?」

「先ほども話した通り、この街の冒険者の殆どは銅級から鉄級冒険者のみ、そんな者達に大切な仕事の素材の調達など任せられません!!第一にこの街の冒険者ギルドのギルドマスターは心底いけ好かない女でしてな……私はどうしてもあの女に借りは作りたくはないのです!!」

「借り?ギルドマスター?」



ネカの言葉にレノは戸惑い、どうしても彼はこの街の冒険者ギルドに仕事に必要なオークの討伐と素材調達を任せたくないらしく、彼は頭を下げてレノに依頼を引き受けるように頼み込む。



「レノ殿、どうかこの仕事をお引き受けください!!あと一週間以内にオークの素材を調達しなければ商人として私の面子も丸潰れになるのです!!もしも仕事を達成してくれれば退魔のローブだけではなく、別の報酬も用意しましょう!!」

「ど、どうしてそこまで……冒険者に頼むのを嫌がるんですか?」

「さっきも言った通り、ここの街の冒険者ギルドのギルドマスターに私は頭を下げたくはないのです!!あの女にだけは弱みを見せたくはない……しかし、この仕事を失敗すれば私は懇意の中の貴族から信頼を失い、商人として働く事が出来なくなるのです。だから、もしもレノ殿が引き受けて下さらないのであれば私はあの女に頼まなければ……!!」



歯ぎしりを行いながらネカは事情を話し、彼は余程この街の冒険者ギルドのギルドマスターに敵対心を抱いている事が伺える。ネカとギルドマスターの間にどのような因縁があるのかは分からないが、ここでレノはネカの頼みを引き受けなければ彼は嫌いな相手に貸しを作る事になるらしい。


オークの討伐と素材の調達の話を聞かされたレノは困り、オークに関してはレノも実は一度も戦った事がない。存在自体は有名なので名前は聞いた事はあるが、実際にオークの姿を見た事もない。但し、ゴブリンやコボルトよりも厄介な相手ではあるが赤毛熊程の強敵ではないのは確かである。



(ネカさんもこう言っているし、それに退魔のローブを手に入れる好機か……まあ、魔石も手に入ったし、何とかなるかな?)



ネカからは貴重な魔法腕輪と魔石を受け取った事もあるため、レノは彼の頼みを引き受ける事にした。オークと戦うのは初めてだが、赤毛熊程の狂暴な相手ではない事は間違いなく、彼の頼みを引き受ける事にした。



「そこまで言うのなら分かりました。その依頼、引き受けてさせてもらいます」

「おおっ!!ありがとうございます、本当にありがとうございます!!」

「でも、俺はオークを倒した事がないので素材の解体とかはどうしたらいいですかね?それに10頭分となると素材を運び出すのも難しいと思いますし、そもそもオークを探さないと……」



オークは基本的には巨漢であるため、仮に倒したとしてもレノ一人では10頭分のオークを解体して素材を運び出すのは無理がある。しかし、ネカはレノを安心させるように説明を行う。



「ご安心ください、実は既に私の部下がオークの住処を特定しております。レノ殿には私の部下を連れてそこに赴いて貰い、オークを討伐して欲しいのです」

「え、という事は俺は本当にオークを倒すだけでいいんですか?」

「はい、レノ殿に頼みたい事はオークの肉体に出来る限りの範囲で大きな損傷を与えず、急所を狙って仕留めて欲しいのです。オークの後処理に関しては私の部下にお任せください。同行させる部下に関しては出来る限り腕の立つ者を用意させましょう」

「そういう事ならお願いします」



レノは自分の仕事が本当にオークの討伐だけで良いという言葉に安堵するが、ここでネカは立ち上がると、彼は自分に付いてくるようにレノに促す。



「レノ殿、これから私と共に冒険者ギルドに付いて来てもらえませんか?」

「え、冒険者ギルド?でも、さっきは冒険者には頼まないって……」

「無論、冒険者を雇うわけではありません。しかし、事前に私が見つけたオークの住処に関して冒険者ギルドに一応は報告しなければならないのです。もしかしたら既に別の人間が我々が発見した住処に生息するオークの討伐を依頼しているかもしれませんからな。その場合、私達が勝手に住処に生息するオークを討伐すると色々と面倒な事になりかねません」

「あ、なるほど……そういう事ですか」



ネカの言葉を聞いてレノは納得し、もしも彼の部下が見つけたオークの住処が他の人間によって冒険者に依頼を出していた場合、レノ達が訪れる前に既に冒険者が動いている可能性もある。


万が一の事態を避けるためにネカは顔を合わせたくもないギルドマスターの元に赴かねばならず、深いため息を吐きながらも彼はレノと連れて冒険者ギルドへと向かわなければならなかった――

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