第37話 冒険者になれない理由

――しばらく時間が経過すると、素材の査定が終了してレノの前に小袋が置かれる。アキは書類を見ると、特に不備はない事を確認して頷く。



「では規定通りの価格で素材を買い取らせて貰います。料金はこちらです」

「はい、ありがとうございました」

「いえ……またのお越しをお待ちしております」

「失礼します」



レノは小袋を受け取ると丁寧にお辞儀を返し、その場を立ち去る。そんな彼の後ろ姿が見えなくなるまでアキは見送ると、小さくため息を吐き出す。



「ふうっ……」

「先輩、どんまいです」

「……聞いていたのですか?」

「ええ、ばっちりと聞いてましたよ。残念でしたね、逸材を見つけたと思ったのに断られるなんて」

「余計なお世話です、仕事に戻りなさい」



アキは隣に座っている後輩の受付嬢にからかわれ、軽く叱りつける。結局はレノの勧誘は失敗に終わり、彼は規定通りに素材を売却すると立ち去ってしまった。


途中までは真面目に話を聞いていたので勧誘は成功しかけたかと思ったが、冒険者に登録の際に年齢と性別と住所、それとは別に種族に関しても登録に必要な条件と知った途端、レノは冒険者になる事を断る。



(個人情報を知られたくはないのか、それとも別の理由があるのか……どちらにしろ、もしかしたらとんでもない逸材を手放したのかもしれません)



レノの実力は不明だが、少なくともコボルト亜種を倒せるだけの冒険者など銅級や鉄級の冒険者ではほぼ不可能、銀級の冒険者でも対応できるかどうかの強敵である。そんなコボルト亜種を倒せるだけの実力ならば冒険者になればすぐにでも功績を上げて昇格するだろう。


旅を行うレノにとっても冒険者になる事は不利益には繋がらないはずのため、アキはまさか断られるとは思わなかった。しかし、本人の意思が固いのかアキがそれとなく説得を試みても断られ、仕方なく諦めるしかなかった。



(そういえばあの子、男の子だったのね。髪の毛が長いから最初は女の子かと思ったけど……それに何となくだけど、普通の人間には見えなかったわ)



受付嬢としてアキは毎日のように様々な人種の冒険者と顔を合わせるため、彼女の鋭い観察眼はレノが普通の人間には見えなかった。だからこそ気になって滅多にしない冒険者勧誘を行ったのだが、残念ながら断られてしまう。その事に何故かアキは告白したわけでもないのに男の子に振られた女子のような気分を味わい、少し不機嫌そうにため息を吐き出す――






――同時刻、冒険者ギルドを後にしたレノも同じくため息を吐き出し、とりあえずはネカに進められた宿屋を再び探す事にした。だが、先ほどのアキとのやり取りを思い出し、彼は残念そうに建物を振り返る。



(冒険者か……少しは興味あるけど、種族を明かすとなると面倒な事になりそうだしな)



旅に出る前、レノは子供の頃にダリルから決して無暗やたらに自分の種族を他の人間に知られないように注意された。理由はレノがエルフと人間の間に暮らした存在のため、面倒事に巻き込まれる可能性があるという。



『いいか、レノ……お前はハーフエルフだ。だが、人前で自分がハーフエルフだと名乗るんじゃないぞ』

『どうして?』

『あのな、お前には酷な話かもしれないが……基本的に人間とエルフは仲が悪いんだ。大半のエルフは人間を見下すし、人間もエルフの事は気に喰わない奴だと思っている連中はたくさんいる。そんなエルフと人間の血が混じったお前は人間やエルフからすれば気に入られない可能性もある』

『それは……』



ダリルの言葉に子供のレノは否定できず、実際に同じ里に暮らしていたエルフ達はレノの事を「半端者」として嫌っていた。同世代の子供達もハーフエルフだからという理由でレノを虐めていた。里の中でレノの事をまともに扱ってくれたのはレノの母親と、ヒカリぐらいだけである。


ハーフエルフとして生まれていなければレノは虐められる事もなく、今頃もエルフの里で暮らしていた可能性も十分に有り得た。それを考えれば他のエルフにハーフエルフである事を知られるのはまずいという話は分かる。だが、人間もハーフエルフという存在を快く思わないのかと不安を抱く。



『義父さん、人間も僕がハーフエルフだと知ったら虐めてくるかな……?』

『否定は出来ねえな……そもそもエルフは殆どの種族とも交わらないからな、人間以外の種族もエルフの事は気に入らない奴も多い』

『じゃあ、僕はどうしたらいいの?ずっと、ハーフエルフな事を隠さないといけないの?』

『そうだな……レノ、お前は自分の身を自分で守れるようになる日が来るまでは正体を隠しておけ。髪の毛を伸ばせば耳元ぐらいは隠せるだろ?』

『隠す……うん、分かった。髪の毛を伸ばすよ』

『よし、それでいいんだ。でもな、レノ……いつかお前の事をハーフエルフだと知っても受け入れてくれる奴はきっと現れるさ。お前の事を愛してくれたお母さんや友達、それに俺の様にな!!だけど、まずはお前が自分自身を守れるように強くなれ。ハーフエルフだからって嫌がらせをしてくるような奴等全員をぶちのめすぐらいに強くなれ!!誰にも文句を言わせないぐらいに強い男になるんだ!!』

『強く……うん、分かったよ!!義父さん、僕絶対に強くなる!!義父さんよりも強くなる!!』

『おう、それでこそ俺の息子だ!!』



ダリルの言葉を思い出したレノは笑みを浮かべ、自分が強さを追い求める理由を再認識し、無意識に拳を作り出す。レノは自分が強くなったとは思っているが、それでもまだハーフエルフである事を晒して生きていく覚悟はなかった。


しかし、これからも強くなり続ければいずれ自分から正体を晒して生きていけるのだろうかと考える。山で暮らしていた時は特訓を重ね、ロイからは剣技も教わった。しかし、それはあくまでも力が技術を身に付けたに過ぎず、レノ自身は自分の強さに納得していない。



(今よりも強く、か……あ、そういえばこれも貰ったんだよな)



レノはここで風属性の魔石が取り付けられた弓と魔法腕輪の事を思い出し、後でこの二つを試そうとしていた事を思い出す。しかし、今は先に宿屋に訪れて用事を済ませる必要があり、ネカの勧めてくれた宿屋の居場所を街の住民から聞いて尋ねる。

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