第38話 魔石の効果

「えっと……ここで合ってるよね?」



ネカのお勧めの宿屋はこの街の中でも一番豪華で立派な建物だった。宿屋に泊まった事は初めてではないが、これまでに泊まった宿屋と比べても大きな建物にレノは圧倒されながらも、ネカの紹介状を手に宿屋へと入る。



「いらっしゃいませ、御一人様ですか?」

「あ、はい……あの、ネカという人から紹介状を貰ったんですが」

「ネカ様から……分かりました、拝見させて貰ってもいいですか?」



宿屋の主人と思われる女性にレノは紹介状を渡すと、彼女は中身を確認して納得したように頷き、部屋まで案内をしてくれた。



「紹介状を確認させていただきました。本日の宿代は結構です、それでは部屋の方まで案内します」

「え、でも料金は……」

「ご安心ください、既に料金の方はネカ様がご支払いされています」

「いつの間に……」



レノが冒険者ギルドに立ち寄っている間にネカの遣いが訪れたらしく、既に宿屋には代金が支払われていたらしい。レノは宿屋の女主人の案内の元、二階の一番奥の部屋に案内される。


こちらの宿屋は一階の部屋は大人数用の大部屋らしく、二階の方は個室でまとめられていた。個室と言っても部屋の中はかなり広めであり、一通りの家具は揃っていた。外見は豪勢だが、部屋の方は落ち着いた感じである事にレノは安心する。



「申し訳ありませんが、空いている部屋はこちらだけとなります。食事に関しては一階の食堂で取られるか、部屋での食事がお望みならば給仕に運ばせます」

「え、食事もあるんですか?」

「はい、我が宿では食事代も料金に含まれています」



宿屋によっては宿泊代と食事代は別の店もあるが、この店では食事代も宿泊代に含まれているという話にレノは考え、食事は食堂で取る事にした。特に深い理由はないが、食堂ならば他の人間と話す機会もあるかもしれず、それにこれほど豪華な宿屋の食堂ならば興味もあった。



「食事は食堂で取ります。あ、それと今から出かけたいんですけど……この街の中で広くてあまり人がいない場所はありますか?」

「広くて人がいない場所ですか……申し訳ありません、心当たりはありませんね」

「あ、そうですか……変な事を聞いてすみません」

「いえ、ではお出かけになる時は鍵を必ずお持ちください。貴重品があるのならば部屋に置いても構いませんが、私達の方で預かる事も出来ます」

「分かりました。じゃあ、お願いしてもいいですか?」



レノは出かける前に女主人に大金の入った小袋を渡し、女主人は随分と重い小袋を受け取って驚いた表情を浮かべるが、レノは弓と魔法腕輪と剣を身に付けて外へと赴く。


宿屋に荷物を置いて身軽になったレノは早速ムメイに受け取った風属性の魔石の効果を試すため、人気のない場所を探す。色々と考えた結果、やはり街中よりも外の方が都合がいいと判断し、街に訪れたばかりではあるが外へ赴く事にした――






――街の外へ赴くと、レノは街から離れすぎず、適当に見晴らしの良い場所を探す。その結果、街の中ににも流れている川を発見し、その川沿いを移動して川原へと辿り着く。



「よし、ここなら見晴らしもいいし、急に魔物に襲われる事もないか。それに試し切りするにはいい的が幾つもあるな」



レノは川原のあちこちに存在する「岩石」に視線を向け、山で暮らしていた時はよく岩を利用した特訓を行っていた。レノは魔法腕輪と弓を取り出し、まずは弓から試す事にする。



(魔弓術……どれくらいの威力が上がるんだろう?)



弓に矢を番えたレノは意識を集中させ、いつも通りに付与魔術を矢に発動させた。普段通りに風の魔力が矢に流し込まれるが、この時に弓に取り付けられた風属性の魔石が反応を示す。


矢に付与魔術が発動した途端、魔石が輝きを放つと矢に取り巻く風の魔力が急激に増量し、直感でこれ以上に魔力を込めたらまずいと判断したレノは矢を離す。その結果、放たれた矢は正面に存在した岩を貫き、そのまま遥か前方へと飛んで見えなくなってしまった。



「な、なんだ!?この威力……まさか、これが魔石の効果なのか?」



貫通した岩を前にしてレノは動揺し、自分の弓に視線を向ける。これほどの威力ならば赤毛熊が現れようと一撃で屠れる事は間違いなく、自分の弓がとんでもない武器に進化してしまった事に驚く。ここでレノは魔法腕輪の事を思い出し、今度は弓を手放して腕輪を装着したレノは拳を握りしめる。



「よ~し、次はこっちだな……」



レノは先ほど矢が貫通した岩石に視線を向け、右拳を握りしめて「嵐拳」を発動させる準備を行う。レノの扱う嵐拳は右拳に魔力を一点集中させ、拳を放つのと同時に一気に解放させる「魔剣」ならぬ「魔拳」だった。


魔力を解放させると強烈な衝撃波が発生し、限界まで威力を高めれば素の状態でもレノの拳は岩石を吹き飛ばす程度は出来る。しかし、風属性の魔石を取り付けた魔法腕輪を装着した状態ならばどうなるのかとレノは期待しながら魔力を集中させようとした時、異変が生じた。



「せぇのっ……な、何だ!?」



普段通りに魔力を拳に集中させようとした瞬間、レノの右腕に取り付けた魔法腕輪の魔石が輝き、急速的に魔力が高まっていく。その感覚にレノは自分で魔力を練るだけではなく、魔石の魔力が流れ込んでいる事を知る。



(そうか、魔石の魔力が流れ込んで早く蓄積できるようになったのか!!という事はさっきの矢も同じように……)



十分な量の魔力を拳に集める事に成功したレノは岩に向けて拳を振りかざし、叩き込む。轟音と共に岩が砕け散るだけではなく、前方へ向けて吹き飛ぶ。その光景を目にしてレノは唖然とした。



「凄い、いつもよりも短い時間で魔力を練ったのに、威力は上がってる……これが魔石の力か」



若干、興奮した様子でレノは弓と魔法腕輪に装着した風の魔石を確認し、改めてムメイとネカに感謝した。二人のお陰でレノはまた自分が強くなれたと実感する一方、新しい問題も発生した。



(これから魔石を使って戦い続けるとなると、出費が嵩むな……魔石って、相当に高いんだよな)



今は金銭的に余裕があるとはいえ、レノは市場で見かけた魔石の値段をみて驚く。何処の店でも魔石の値段は非常に高く、ネカの言う通りに宝石のような装飾品として利用されるだけはあって一般人からも人気があるせいか、何処の店も魔石の値段は最低でも金貨1枚はあった。


しかし、魔石の効果を実感したレノは今後も魔石の力を頼る場合、ここは無理をしてでも魔石を購入するべきか悩む。



「う~ん……魔石の力があれば魔物と戦う時も便利そうだけど、普段から慣れすぎると魔石がなくなった時に困りそうだな。この魔法腕輪の方はしまっておくか」



弓に取り付けた魔石は仕方がないとはいえ、魔法腕輪の方は必要時以外は取り外して持ち運ぶことをレノは決めると、日が暮れ始めてきた事に気付く。



「もう夕方か……特訓はここまでにして、宿に戻るか」



剣を鞘に納めたレノは街へと引き返そうとすると、彼の耳元に悲鳴のような声が届く。何事かとレノは悲鳴が聞こえた方向に視線を向けると、街の方角に向けて駆け抜ける人間の集団を発見した。



「ひいいっ!?お、追いつかれる!!」

「振り返るな、走れっ!!少しでも立ち止まったら殺されるぞ!?」

「ま、待って……もう、走れないっ!!」

「駄目よ、しっかり走りなさい!!止まったら殺されるわよ!?」



逃げている人間の数は4人、その内の2名は鎧を身に付けた男子、残りの二人は弓と杖を背中に背負った少女だった。彼等の格好から判断するに恐らくは冒険者だと思われた。

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