第26話 疾風の刃

――レノが「地裂」を習得してから数日後、遂に彼はロイの前で地裂を披露する事を決意した。この数日の間に地裂を見せなかったのはある準備のためでもあり、その準備も終えたのでレノはロイとダリルの前で地面に突き刺された剣に手を伸ばす。



「よしっ……ちゃんと見ててね!!義父さん、爺ちゃん!!」

「お、おう……」

「ああ、しっかりと見させてもらうぞ。お前の剣技を」



ダリルは緊張した面持ちで見つめ、一方でロイの方は何の不安も抱かず、レノならば必ず成功させると信じ切った表情を浮かべていた。二人の前でレノは意識を集中させると、剣を掴んだ手から魔力を放出する。


最初の頃と比べてもレノの「付与魔術」は磨かれ、初めの頃は剣に魔力を宿すだけでも数秒の時間は費やした。しかし、今では一瞬にして刀身の先端部に魔力を集中させると、一気に風圧を発生させて地面を切り裂きながら刃を放つ。



「地裂!!」

「うおおっ!!」

「……見事だ!!」



土砂を刃の後部に存在する土砂が舞い上げながらもレノは大地を先ながら剣を天高く翳し、その光景を見たダリルは驚愕の表情を浮かべ、ロイは満足そうに頷く。ロイの地裂と比べると魔力を使用しているので土砂が派手に舞い上がるが、それでもレノは大地を切り裂きながら剣を抜く事に成功した。



「ふうっ……」

「す、凄いぞレノ!!お前、遂にやったんだな!!」

「うむ、見事な魔法剣だ……これほどの魔法剣の使い手は俺も見た事がない」

「……まだだよ」



レノは剣を握りしめたまま、近くに存在する樹木に近付くと、刃を横向きに構える。その姿を見たダリルは驚き、レノはまるで斧で大木を切り落とすような構え方で剣を振り払う。



「はああっ!!」

「うおっ!?」

「これはっ……!?」



剣を振りかざす瞬間、剣の先端部から風圧が発生し、地裂の時と同様に加速した刃が樹木に叩き込まれる。その結果、刃は容易く樹木を切り裂き、まるで斧で切断したかのように樹木が倒れ込む。


その光景を見てダリルとロイは驚き、一方でレノは額に汗を流しながらも地裂の習得の際に身に付けた新しい魔法剣を見せる事が出来て満足そうに頷く。



「へへへっ……どう?まだ名前は付けてないけど、俺の新しい剣技だよ」

「信じられねえっ……」

「……今日ほどお前が見事だとは思った事はない」



ロイとダリルは倒れた樹木に視線を向け、まさか地裂だけではなく、新しい魔法剣の戦法を編み出している事に驚かされる。しかし、それを見てロイはダリルに視線を向け、ダリルもその意図を察したように頷く――






――その日の晩、豪勢な料理が用意されていた。普段の料理は当番制なのだが、今日に限ってはロイとダリルが全ての準備を行い、レノに御馳走を振舞う。



「さあ、どんどんと食べろ!!おかわりはいくらでもあるからな!!」

「遠慮せずに喰え、前祝いだ」

「うわぁっ、美味しそう……でも、前祝いって?」



レノは差し出された椀を受け取りながらもロイの言葉に不思議に思うと、ロイとダリルは食事の手を止め、やがてダリルはため息を吐きながら呟く。



「レノ、お前は明日に山を下りろ」

「えっ……」

「もう儂もダリルもお前に教える事はない。明日からは一人で生きていくがいい」



二人の言葉にレノは驚くが、そんな彼に対して二人は互いの顔を見て頷き、ダリルは鍋を回しながら世間話を行うかの様にレノに語り掛けた。



「レノ、前に俺が言った事は覚えているか?お前は狩人以外の仕事をしろとな」

「儂はお前に剣を教えた。ダリルから一人で生き残る術を教わった、ならお前がこの山に留まる理由はなくなった……お前の力は一介の狩人として人生を終わらせるにはあまりにも惜しい」

「でも、俺は……」

「それでもいい、なんて言うんじゃねえぞ!!男なら夢を持て!!何でもいいんだ、どんな奴にだって夢を抱く権利がある!!それが善人だろうが悪人だろうが関係ない、男として生まれたのならでっかい野望の一つや二つ叶えてみせろ!!」



レノが口にする前にダリルは怒鳴りつけ、その彼の迫力にレノは驚く。レノが悪さをしたときはダリルも怒ることはあるが、普段の彼は滅多に怒る事はない。そんな彼が今はレノのために真剣に怒っていた。


ロイもダリルと同意見らしく、彼はレノに託した自分の剣に視線を向け、これまでのレノの特訓で刀身が傷だらけである事に気付く。この剣はロイを支え続けてきた剣ではあるが、レノのためならばと彼は決意を固める。



「ダリルよ、この剣はお主が打ち直してくれ。旅をするには武器も必要になるだろう。これは選別だ、受け取ってくれ」

「えっ!?でもそれは爺ちゃんの……」

「なに、確かに色々と思い出はあるが武器はあくまでも武器だ。蔵に放り込まれて誰にも使われないよりも、誰かに使ってもらった方がこの剣も幸福だろう……頼んだぞ、ダリルよ」

「おう……明日の朝までに終わらせてやるぜ」



剣を受け取ったダリルは頷くと、レノは二人が本気で自分を山から下ろそうとしている事に気付き、やがてため息を吐き出す。そして自分の内に秘めていた思いを告げた。



「実は俺も……今日、山を下りる事を二人に伝えるつもりだったんだ」

「何!?そうだったのか?」

「うん、もう旅支度も出来てるんだ……ちょっと待っててね」



レノは山小屋を一旦抜け出すと、小屋の隣にある蔵の中に隠していた旅荷物を持ってくる。既に準備は整っており、これまでに山で得た素材を村に降りた時に売り捌いて得たお金と、旅に必要な道具は取り揃えていた。


自分達が言い出す前にレノが山を下りる準備をしていた事にダリルは驚くが、ロイの方は察していたのか黙って頷き、レノは二人に頭を下げる。



「義父さん、爺ちゃん……今までお世話になりました。俺は明日から外の世界で生きていこうと思う」

「レノ……」

「でも、時々は帰ってきていいよね?」

「ふっ……当たり前じゃ。ここはお前の家なのだろう?剣の稽古を付けて貰いたくなったらここへ戻ってくるといい、儂等はいつでも待っておるぞ」

「……ちくしょう、味付けを間違えたか?いつもよりもしょっぱくて喰えたもんじゃねえっ!!」



ロイはレノの言葉に微笑み、一方でダリルの方は涙と鼻水を垂らしながらも誤魔化すように料理を口にする。その様子を見てレノは笑い声をあげ、この日は夜遅くまで3人は語り合った。


血の繋がりはないが、レノたちの間には家族のような「絆」があった。翌日の早朝、徹夜してダリルはロイの剣を打ち直すと、レノに手渡す。そしてレノは二人に別れを告げ、山を下りる事になった――





「――じゃあ、行ってくるよ二人とも。ここから先は俺一人で大丈夫」

「お、おうっ……ぐすっ、さ、寂しくなってもすぐに帰ってくるんじゃないぞ!!」

「ダリル、お前が泣いてどうする……だが、無理をするでないぞ」

「分かってるって……じゃあ、行ってきます!!」



山の麓付近までわざわざ見送りに来てくれたロイとダリルにレノは笑顔で別れを告げ、山道を一気に駆け降りる。この時のレノは目元を潤ませていたが決して二人の前では涙を見せず、二人が見えなくなるまで一気に駆け出す。


そんなレノの様子をロイとダリルは見送り、二人は本当の息子と孫のように可愛がっていた子供が去っていく光景に寂しさを覚える。それでも引き留める事はせず、姿が見えなくなるまで見送った――






――近い将来、人々から「魔剣士」と呼ばれる少年の物語はここから始まる。エルフの里を追い出された時のレノには何もなかった、だが今の彼には愛すべき「家族」が存在し、一人では何もできなかった頃とは違い、今のレノには大きな力を手にしていた。

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