第19話 魔法斧

「嵐拳ならぶっ倒す事が出来ると思うんだけどな……はあっ」



滝を吹き飛ばし、赤毛熊を倒した「嵐拳」を使えばレノも大樹を破壊する自信はあった。しかし、前に一度だけ試した時は予想外に攻撃の範囲が広くなってしまい、大木を粉々に砕いた事を思い出す。嵐拳の場合だと威力を上昇させると効果の範囲も広がってしまい、どうしても上手く大樹を壊す事が出来ない。


岩をも破壊する威力を誇るレノの「嵐拳」ではあるが、十分に魔力を蓄積させない状態では威力が落ちてしまい、逆に最大限にまで魔力を込めた状態で攻撃を行うと竜巻を前方に放つ。この竜巻を放つ攻撃法をレノは「撃嵐」と名付けたが、どちらの攻撃法も大樹を刃物のように切り裂く事は出来ない。



「あ~あ……スラッシュみたいに魔力を固定化させればこの大木も切れるのに」



エルフが扱う「スラッシュ」と呼ばれる魔法は三日月のように固定化させた風の魔力を撃ち込む魔法であり、この魔法を使えればレノは斧に頼らずとも大木を簡単に切り裂けただろう。



(ない物ねだりをしても仕方ないか……それにしても魔力は前よりも強くなったのにどうして俺は魔力を固定化できないんだろうな)



子供の頃よりもレノの魔力は大幅に増し、毎日の訓練のお陰で生み出せる風圧の出力も調整できるようになった。それなのに未だにレノは魔力を固定化させて撃ち放つ「魔法」は扱えない。


ため息を吐きながらも斧を手にしたレノは立ち上がると、大木と向き合う。何気なく斧を振りかざそうとしたレノだったが、ここである事を思い出す。



「あ、そうだ……この斧に付与魔術を施したらどうなるかな?」



レノはダリルから借りた斧に付与魔術を施し、風の魔力を纏わせた状態で扱ったらどうなるのか気になる。基本的に普段のレノは付与魔術を施すのは自分の弓矢だけなのだが、斧のような武器には試した事はない事を思い出す。



「弓の弦が切れたのは矢に纏わせた風の魔力のせいだと思うし、魔力を付与するだけなら壊れないよな……」



赤毛熊との戦闘でレノは弓を使用した時、矢に込めた風の魔力が強すぎた影響で弦が切れたことを思い出す。弓自体は使い物にならなくなったが、肝心の矢の方は壊れて葉いなかった。


魔力を込めるだけでは物体が壊れない事は間違いなく、試しにレノは斧に対して付与魔術を施す。その結果、斧に風の魔力が纏うと、一気に重量が軽くなった。どうやら風の力で浮き上がったらしく、この状態でレノは斧を振りかざす。



「せぇのっ……だあっ!!」



斧を振り抜いた瞬間、今まで一番の衝撃が大木へと走り、斧の刃の半分近くが埋まる。それを見てレノは驚き、まさか風の魔力を纏わせただけでここまで斧の勢いが増すとは思わなかった。



「うわ、凄い……そんなに力を込めてないのにこんな深く切れた。よし、なら次は全力で……」



ずっと斧を振り続けていたので体力が切れかかっていたが、レノは斧を引き抜くと今度は別の角度から斧を振りかざす。ダリルの言われた通りに腰を入れて横向きに振り抜く。



「はああっ!!」



斧が大木に衝突した瞬間、斧に纏っていた魔力が刃に集まると、大木に食い込んだ瞬間、刃の方から衝撃波が発生して大木を両断する。衝撃波が発生した瞬間、レノは斧の柄を手放してしまい、大木を切断した斧は回転しながら別の樹木へと衝突して刃が樹皮に食い込む。


レノは唖然とした表情を浮かべ、何が起きたのか理解できなかった。だが、レノが呆然としている間にも大木が傾き、レノの目の前で倒れ込む。その光景を確認したレノはしりもちを着き、冷や汗を全身から流す。



「な、何だ……何が起きたんだ?」



別の樹木に食い込んだ斧を見てレノは立ち上がり、とりあえずは斧を引き抜く。レノの手元を離れた時に付与魔術の効果が切れたらしく、斧にはもう魔力は残っていなかった。



「本当に何が起きたんだ?刃から何かが噴き出したように見えたけど……」



試しにレノは斧を手にした状態で付与魔術を施し、空振りを行う。先ほどの自分はどのように斧を扱ったのかを確かめると、斧を振り抜くときに魔力が刃の方に集まっている事に気付く。



「刃の部分に集めた魔力が暴発した?というか、そもそも他の物に付与した魔力を一点に集中する事が出来るのか?」



レノは自分が物体の施した風の魔力を操作できることを知り、試しに刃の部分に魔力を集中させた状態で斧を振り抜く。すると、斧の刃に集まった魔力が放出され、振り抜いた方向に斬撃のように鋭い風圧が発生し、既に切り落とした大木を切り裂く。


正面に振り抜いた斧の刃が触れもせずに地面に落ちた大木を切り裂いたという事実にレノは驚き、まるでエルフが扱う「スラッシュ」のように自分の魔力が大木を切り裂いた事に身体が震える。



「これ、俺の魔力で斬ったんだよな……凄い、なんて切れ味だ」



切断面を確認してまるで鋭い巨大な刃物のように切り裂かれた断面図を見てレノは嬉しく思い、同時に魔法を弓矢以外の武器に付与魔術を施した場合はどうなるのかも把握できた。



(弓を使う時は風の力で矢を回転させながら撃ち込む事しか出来ないと思っていたけど、刃物みたいな武器ならこんな風に衝撃波を生み出せるのか!!しかもこの威力、本物の魔法にも劣らないぞ!!)



物体に付与させた魔力を集中させれば衝撃波を生み出せる事に気づいたレノは喜び、その後も何度か練習を行う。試行錯誤の結果、衝撃波を生み出す場合は斧に込めた魔力を一気に解放する事と同義であり、衝撃波を発生すればその時点で斧に送り込んだ魔力は失う事が判明した。


つまり、一度の付与魔術で生み出せる衝撃波の回数は一回に限られ、再び衝撃波を生み出す場合はまた付与魔術を施さなければならない事が発覚する。その点は面倒さを感じるが、反面に魔法と違って「詠唱」の必要もないという利点があった。


基本的にレノが知っているエルフ達は魔法を使う時は必ずや魔法名を口にしていた。レノが幼少期に決闘をしたタリヤも「スラッシュ」の魔法を使う時は言葉で口に出していた辺り、エルフの場合は魔法を使う時は詠唱を口に出さなければならないらしい。


その一方でレノの場合は付与魔術を施した刃物ならばいつどんな時でもレノの意思で自由に攻撃を行える。攻撃の際には魔法を使用する時のようにわざわざ口に出す必要もなく、好きな時に攻撃を仕掛ける事が出来た。この点に関してはレノの付与魔術の方が魔法よりも優れている事が証明され、この日からレノは「魔法剣」ならぬ「魔法斧」を利用した訓練の日々を送る。

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