第18話 樵の仕事

――赤毛熊を倒す事に成功したレノであったが、ダリルに連れ帰って貰った後は三日も寝込んでしまう。負傷が激しく、もしも治療が遅れていたら命はなかったという。どうにか一名を取り留めたレノではあったが、彼が目覚めた後にダリルはレノの話を聞いて肝を冷やす。



「あ、あの赤毛熊を……素手で倒したのか!?」

「うん、いや、付与魔術も使ったけど……」

「それでもお前みたいなガキが倒せるような化物じゃないんだぞ……」



ダリルは新しい包帯を巻きなおしてレノの怪我の跡を確認し、とりあえずは山に生えている薬草のお陰で怪我は大分治っていた。包帯を巻きなおしながらもダリルはレノから話を聞き、彼がこの二年の間に付与魔術をより進化させていたという話を聞いて驚く。



「義父さん、これを見てよ。前の時は風を吹かせる事しか出来なかったけど、今はこんな事も出来るようになったんだよ」

「お、おおっ……凄いな、これは」



レノはダリルの前で掌を差し出すと、右手の中に小さな風の渦巻を作り出してダリルに見せつける。自慢そうに付与魔術を使いこなす義理の息子に対してダリルは何とも言えない表情を浮かべた。自分が知らない間にレノは成長していた事を実感したダリルは彼の弓に視線を向けた。


赤毛熊との戦う前にレノは弓を使おうとしたが、この2年の訓練のお陰でレノ自身が付与魔術を進化させた影響でより風の力を使いこなせるようになった。しかし、その反動のせいで強すぎる風の力によって普通の弓では彼の付与魔術はもう耐え切れず、壊れてしまったのだ。



「レノ、これを見てみろ。まるでかまいたちに斬られた様に弦が切れてるだろ?こいつは新しい弦を取り付けても使い物にならないぞ」

「えっ……そんな、何とかならないの?」

「う~ん……そうだ、前にエルフの奴等が扱う弓はあいつらの髪の毛を利用していると聞いた事がある!!なんでもエルフの髪の毛は見た目以上にしなやかで頑丈だから弓の弦に使う素材としては最高だとな!!もしかしたらエルフの髪の毛ならお前の付与魔術でも切れねえかもしれねえぞ?」

「でも、エルフの髪の毛なんてそんな簡単に手に入らないでしょ?」

「何言ってんだ、お前だってハーフエルフだろうが。半分はエルフの血が流れているお前の髪の毛なら使えるかもしれねえ。これからは横髪だけじゃなくて後ろの髪の毛も伸ばしな」

「え~……それまで弓は使えないの?」



自分がハーフエルフだと気づかれないようにレノは横紙を伸ばし、耳元を隠している。しかし、これからも弓を扱いたいのならばとダリルから髪の毛を更に伸ばすように言われて渋った表情を浮かべるが、十分な長さの髪の毛が無ければ弓の弦の材料には使えない。


しばらくの間は弓が使えないという話にレノは残念に思うが、そんな彼を見てダリルは決心する。このまま武器を持たせずに山にレノを出し続けるのは危険だと判断した彼は壁に立てかけた「斧」に視線を向けた。



「よし、この際だ!!お前に力仕事を手伝わせてやる!!今までは俺がやっていた仕事もお前にもやらせるぞ!!」

「え、義父さんの仕事?それって、狩りじゃなくて木こりの仕事?」

「そういう事だ。俺が木を伐採して麓の村に持って行っているのは知ってるだろう?明日からお前も手伝え、どうせ弓矢もなければ狩猟も出来ないだろうが」

「う~ん……分かった、義父さんがそういうなら……」

「よし、じゃあ今日はゆっくりと休め!!明日から忙しくなるからな!!」



ダリルはレノの頭を撫でると自分も横になり、数秒後にはいびきをかいて眠ってしまう。ダリルのやかましい寝言のせいでレノはしばらくは寝付けなかったが、次の日から忙しい日々を送る事になる――






――時期は春を迎えると、レノはダリルと共に朝早くに起きて薪割りを行う。毎朝、レノは何十本も薪を割り、自分達が使う分だけ回収すると余った薪は背中に背負って村の人間の元に持って行く。その後は二人は木こりの仕事に移り、ダリルは自分の背丈の何倍もの高さを誇る大木に向けて斧を構える。



「ふうっ……むんっ!!」

「うわっ!?」



上半身が裸になったダリルは精神を集中するように目を閉じると、両手に抱えた斧を勢いよく振りかざし、ただの一撃で大木を切り倒す。傾いてきた大木を見てレノは慌てて距離を取ると、地面に折れた大木が倒れ込む。その様子を見てダリルは自分の腕の筋肉に視線を向け、嘆き悲しむ。



「畜生、冬の間はさぼっちまってたからな。こんな小さい木を切るのに時間が掛かっちまった」

「す、凄い……一撃で壊すなんて、信じられない」

「まあ、俺に掛かればこんなもんよ!!レノ、お前もいつかはこれぐらいできるようになれよ」

「無理だよこんなの……」



ドワーフであるダリルとハーフエルフのレノではそもそも筋肉の質が大きく違い、ダリルの場合は背丈こそは大きくはないが、筋肉の質に関しては人間よりも大きく上回る。試しに彼が筋肉に力を込めるだけで鋼鉄のような硬さを誇り、自分の何倍もの大きさと重さを誇る物体でも簡単に持ち上げる事が出来た。


人間とエルフは残念ながらどちらの種族とも筋力に関してはドワーフに大きく劣り、仮にレノがこれから何年、何十年も身体を鍛え続けた所で今のダリルには及ばないだろう。それでも渡された斧を握りしめてレノはダリルが斬った物よりも小さめの樹木に斧を振りかざす。



「せぇのっ……ふんっ!!」

「駄目だ駄目だ!!そんな腰の入っていない振り方じゃ、何度やっても無駄だ!!もっとちゃんと腰に力を入れろ!!」

「腰と言われても……このっ!!」

「おいおい、今度は振り回しが遅いぞ!!もっとしっかりと早く振れ!!」

「簡単に言わないでよ……せいっ!!」

「よしよし、その調子だ。じゃあ、俺は村で日用品を狩ってくるから後は任せたぞ!!」



ダリルの指導の元、言われた通りにレノは斧で大木を切り倒そうとするが、とてもダリルのように一撃で破壊する事は出来なかった。仕舞には他の仕事が忙しいという事で指導役のダリルもいなくなってしまい、残されたレノは腕が動かなくなるまで斧を振るう。



「はあっ……くそ、もう腕がきつい、少し休もう」



様々な大木に数十回ほど斧を振り抜いた辺りでレノは疲れて座り込んでしまい、樹皮に幾つもの傷跡が生まれた大木に視線を向ける。同じ個所に何度も刃を当て続ければいずれは折れるだろうが、どうしてもレノの筋力ではダリルのように一撃で大木を破壊する事は出来なかった。

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