第17話 あの時とは違う

「ガァアアアッ!!」

「このぉっ!!」



右腕を振りかざしてきた赤毛熊に対してレノも拳を固め、右手に風の魔力で形成した竜巻を纏わせた状態で振り抜く。鋭利な爪で切り裂こうとする赤毛熊に対してレノは竜巻を纏った拳で振りかざし、強烈な風圧で赤毛熊の一撃を弾き飛ばす。



「ウガァッ!?」

「だああっ!!」



赤毛熊の右腕を吹き飛ばす事に成功したレノは踏み込むと、今度は左手に魔力を集中させて振り抜く。右腕を弾かれて隙を作った赤毛熊の腹部に拳がめり込み、腕に纏った渦巻く風圧を直接与える。しかし、赤毛熊は数歩ほど引き下がった程度で致命傷には至らず、十分な魔力を込めた攻撃ではなかったため、殴られた箇所に渦巻のように捻じれた傷跡が出来た程度だった。


得体の知れない攻撃を受けて赤毛熊は警戒したように引き下がり、目の前に立つレノに対して牙を剥き出しにする。しかし、その光景を見てもレノは引き下がるつもりはなく、ここで引けば生き残れないと彼は考えて拳を構える。



(やるんだ、あの時とは違う。こいつを倒すんだ!!)



子供の時に遭遇した時は手も足も出なかった相手ではあるが、今のレノは戦う力を身に付けており、両手に魔力を込めて竜巻を纏う。その様子を見て赤毛熊は脅威を感じ、このまま戦えば自分も無事ではすまないと考えた赤毛熊は周囲に生えている樹木に視線を向けた。



「アアッ!!」

「なっ!?」



突如として赤毛熊は自分の傍に生えていた樹木に向けて爪を放つと、鋭い爪の切れ味と圧倒的な力によって樹木は折れてしまい、レノの元へ向けて倒れ込む。それを見たレノは慌てて左手を構えると、竜巻の力で正面から迫りくる樹木を吹き飛ばす。



「このっ!!」



左腕に纏った竜巻を利用して腕を振り払う動作で正面から迫る樹木を横に吹き飛ばすと、その間に赤毛熊は背中を見せて駆け出す。その姿を見てレノは呆気に取られ、赤毛熊が逃げ出したと気づくとレノは焦った声を上げる。



「ま、待て!!逃がすと思って……!?」

「ガアッ……!!」



山道を駆け上がって逃げようとする赤毛熊を追いかけようとしたが、レノが後ろから迫った瞬間、逃げていた赤毛熊は振り返ると、坂道を利用して上からレノの元へと飛び込む。赤毛熊を追いかける形になっていたレノは突如として振り返って飛び込んできた赤毛熊に対して反応が遅れてしまう。


捨て身の体当たりを仕掛けてきた赤毛熊の巨体がレノの身体へと襲い掛かり、そのまま赤毛熊と共にレノは坂道を転げ落ちていく。衝突の際の衝撃と坂から転げ落ちる際にレノの身体のあちこちに血が滲み、やがて樹木に背中をぶつけて止まる事に成功した。



「がはっ!?げほっ、げほっ……!!」

「グ、ガァッ……!!」



レノは血反吐を吐き、身体のあちこちを痛めたのに対して赤毛熊の方は無傷でゆっくりと起き上がる。耐久力は赤毛熊の方が勝り、一方でレノの方は赤毛熊の体当たりを受けた時点で身体の何か所の骨に罅が入る。力の差や肉体の耐久力と頑丈さは圧倒的に赤毛熊の方が上回り、もうレノは立ち上がるのも難しい状態に陥った。



(くそ、調子に乗り過ぎた……まずい、このままだと殺される)



どうにかレノは赤毛熊と向き直るが、右腕の方は先ほどの転倒で骨が折れたのか変な方向に曲がってしまい、左腕の方も大きな痣が出来ていた。それでも動かす程度の事は出来るため、残された最後の左腕にレノは賭けるしかなかった。



(どうすればいい……次の一撃で確実に仕留めないと)



震える左腕を見てレノは次の攻撃で赤毛熊を仕留めきれるのかと不安を抱き、一方で赤毛熊の方はまだ動けるレノを見て警戒したように様子を観察する。時間が経過すればするほどに怪我と吹雪のせいでレノは体力を削られ、追い詰められていく。


このままではまずいと理解していてもレノは動く事が出来ず、下手に動けば体力を余計に消耗してしまう。一方で赤毛熊の方はわざわざ危険を犯して近づかずとも、放置すればいずれレノは体力を失って気絶するか、あるいは凍死する事を見抜いたようにその場を動かない。



(駄目だ、このままだと……死ぬ)



どうにか反撃を試みたいレノだったが、やがて意識も薄くなっていき、瞼を閉じて力なく座り込んでしまう。樹木に背中を預けた状態で動かなくなったレノを見て赤毛熊は死んだと判断し、口元を開いてレノの頭に嚙り付こうと近づいた。



「アガァアアアッ!!」

「……それを、待っていた」



しかし、大口を開いて近づいてきた赤毛熊に対してレノは目を開くと、頭部を噛みつかれる前にレノは左腕を伸ばして「拳」から「貫手」に変化させた腕を伸ばす。その結果、赤毛熊の開いた口元に腕が突っ込み、赤毛熊は自ら口元に腕を突っ込んだレノに対して驚愕の表情を浮かべるが、牙が閉じる前にレノは左手に蓄積した魔力を一気に解放させた。



「吹き飛べっ!!」

「ッ――!?」




――口内に差し込まれた左手から竜巻が発生した瞬間、赤毛熊の内部に強烈な風圧が襲い掛かり、内部をずたずたに引き裂く。まるで体内にダイナマイトでも爆発したかのように強烈な衝撃波が襲い掛かり、赤毛熊の頭部が吹き飛ぶ。




頭を失い、残された胴体も首元から大量の血を噴き出しながらゆっくりと倒れ込む光景を確認すると、レノは大きなため息を吐き出して左腕に視線を向ける。血塗れになった自分の腕を見たレノはしばらくの間は何かを考え込むように黙り、言葉を口にした。



「はは、凄い必殺技が出来たな……撃嵐、とでも名付けようかな」



赤毛熊という強敵を倒した事でレノは安堵すると、痛む身体を起き上げながらも赤毛熊の死骸に視線を向け、遂に自分一人の力でこれほどの強敵を倒したのだと勝利の喜びを味わう。そして丁度いい具合に遠方から聞き覚えのある声が響き、大きな毛皮を身に包んだダリルが両手に手斧を構えた状態で駆けつけてきてくれた。



「レノ、無事か!?さっき、赤毛熊の声が……うおおっ!?な、何だこりゃあっ!?」

「と、義父さん……悪いけど、後はお願い……」

「レノ!?どうした、レノ!?お前、この怪我……!?」



血塗れの赤毛熊の死骸と、その隣に倒れた自分の義息を見てダリルは慌てふためき、彼はすぐに負傷したレノを山小屋へと運ぶ――

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