第10話 レノの能力
――朝日を迎えるとダリルはとりあえずはボアの死骸を解体して手に入れた肉から豚汁を作り出すと、まずは飯を食べながらレノに事情を問う。彼は夜の間に弓矢の練習を行っていた事、そして勝手にダリルの弓矢を借りてしまった事を謝罪するが、別にダリルは弓矢を持ち出した事に関しては怒りはしなかった。
「なるほどな、自分の矢が外れないから俺が渡した弓に何か仕掛けがあるのかと思っていたのか。だけどな、俺がお前に渡した弓は別に普通の弓だぞ」
「うん、それは分かってる……義父さんの弓でも俺の矢は外れなかった」
「そうだろうな、俺の弓も別に特別に頑丈なだけで特に仕掛けなんて施してないからな。でも、まさかお前の矢が絶対に当たる理由が魔法の力のお陰とはな……」
「ううん、俺のは魔法じゃなくて魔力だよ。魔法というのは魔力を固定化させて撃ち込むんだけど、俺の場合は魔力を固定化させる事が出来ないから……」
「そうか、まあそこら辺は良く分からねえが……とにかく、お前の矢が絶対に当たる理由はその魔力が関係しているんだな」
魔法と魔力の違いはよく分からないダリルだったが、とりあえずはレノの矢が今までに一度たりとも外れなかった理由を聞いて納得する。いくら才能があるといっても10才の子供が出来る芸当ではない。
今までにもレノが放った矢が軌道を変更して標的に的中したように見えたのはダリルの勘違いではなく、実際に矢が目標に追尾している事が判明する。他人に話したところで信じて貰える内容ではないが、息子のように育てているレノの言葉ならばダリルは疑いはしない。だが、やはり実際に目で見て確かめないと心の底から信じる事は出来ないとも考えた。
「レノ、ちょっと今から矢を撃ってくれないか?本当にお前さんの矢が何処を射抜いても当たるのかを確かめたいんだ」
「あ、うん。そうだよね、義父さんにも見て貰いたいんだ」
レノはダリルの言葉に頷き、二人は小屋から抜け出すと適当な木に的を吊るし、そこから20メートルほど離れた場所からレノは狙いを定めた。今回は事前に自分の意思で矢に魔力を送り込み、弓を構える。
「よく見ててね……とりあえず、空に向けて撃つから」
「お、おう」
ダリルの前でレノは弓を上空へと構えると、矢を放つ。空へと飛びあがった矢を見てダリルは目で追うと、放たれた矢は弧を描いて的の中心に的中した。その光景を見てダリルは驚き、レノは少し自慢げな表情を浮かべた。
「どう?当たったでしょ?」
「こ、こいつは凄いな……だが、まぐれの可能性もあるんじゃないのか?」
「それなら今度は下に向けて撃つね」
「は?おいおい、何を言ってんだ。そんなの地面に矢が突き刺さる……うおっ!?」
会話の途中でレノは矢を放つと、斜めの角度から地面に放たれた矢は衝突の寸前に軌道が変更し、砂煙を舞い上げながらも浮上すると的の中心に再び的中した。それを見てダリルは驚き、一方でレノは次の矢を番える。
今度は上空でも下でもなく、的の反対方向に向けてレノは矢を放つと、発射された矢は旋回するように軌道を変更してレノとダリルの間を潜り抜けると、的の中心に的中した。その光景を確認してダリルは唖然とするが、レノは成功した事に安堵した。
「ふうっ……ね、当たったでしょ?」
「なっ、なっ……」
レノの言葉にダリルは大口を開いて驚き、腰を抜かす。今までにレノが矢を射る時は外さなかった理由が判明し、彼の放った矢は外さないのではなく、外れないのだ。どんな方向や角度で撃ち込もうと矢に纏った風の魔力が原因で軌道が変化し、標的を確実に射抜く。狩人として生まれた者ならば喉から手が出るほどに素晴らしい能力であった。
(こ、こいつは……もう才能とか、技術の問題じゃねえ。こんな能力があれば魔法なんていらねえじゃねえか!!)
魔法を使えない事にレノは負い目を感じていたが、ダリルからすればこんな凄い芸当が出来るのならば魔法など必要はなく、それほどまでにレノは素晴らして同時に恐ろしい能力を身に付けている事を自覚していない。どんなに遠くに離れていようと矢が届く範囲ならばレノは狙った獲物に矢を撃ち抜く事が出来る。これがどれほど凄い事なのか本人は理解していない。
仮にもしも他の人間がレノの能力を持ち合わせていた場合、必ずや悪用を考える輩も現れるだろう。この能力の恐ろしい点は矢の射程範囲ならば標的を絶対に外さず、確実に射抜く事が出来る点である。相手が魔物ならばともかく、これをもしも人間相手に使用したらとんでもない事態に陥ってしまう。
(まずい、こいつは絶対にまずい……この能力を他の奴等に知られたらきっとレノを利用しようとする輩が現れるだろう。そんな事になれば人を疑う事を知らないこいつはいいように利用されちまう。それだけは避けなければならねえ……!!)
ダリルはレノの頭を撫でやり、この能力がどれほど危険な事なのかを伝えなければならないと考えていた。しかし、それと同時にダリルはレノが抱えていた魔法が使えないという弱点を補って余りあるこの能力を禁じる事は出来ないとも思っていた。
(ああ、くそっ……やっと魔法に代わる凄い能力を手に入れたのにこいつにもう二度と使うな、なんて言えるはずがねえ!!どうすりゃいいんだ……そうだ、要はこいつが騙されないようになればいいんだ!!)
折角手に入れた能力を封じるなどという酷な真似は出来ず、むしろダリルはレノの能力を伸ばすべきだと考えた。もちろん、人に知られたら大変な能力である事は間違いはない。だが、逆に言えば人に知られないように心掛けて行動すれば問題はない。
今までダリルは子供であるレノを若干甘やかして育てていたが、彼のためを思えばこそこれからは厳しく育て、レノの能力がどれほど危険であるかを自覚させる事を決めた。いずれレノも自分の元を離れる日が来るとは覚悟していたが、彼が自分の元に離れる前にダリルはレノに外の世界の社会を教える事を決めた。
「レノ、お前は一人前の男に育て上げるからな!!」
「え、男……うん?」
ダリルの唐突な発言にレノは不思議そうに首を傾げるが、そんな彼を見てダリルは一大決心を抱く。必ず自分の手でレノに外の世界の常識を叩き込み、彼自身がどれほど危険で同時に素晴らしい能力を持っているのかを自覚させるため、ダリルは奮起した――
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