第11話 特訓の日々、観察力を磨け
――ボアを倒した日からダリルの指導による特訓が開始され、まずはレノは毎日山の中を自由に動けるように駆け巡る。ダリルによると山の中を延々と走り続けるようになれれば自然と体力は身に付き、脚力も鍛え上げられるという。
「ほら、しっかりと付いてこんか!!少しでも足を止めればはぐれてしまうぞ!!」
「は、早いよ、義父さん……あうっ!?」
「こら、ちゃんと走っている時も周囲を警戒せんか!!もしも魔物と出くわしたら大変な目に遭うぞ!?」
斜面を駆け上るダリルの後にレノは続くが、ずっと走り続けて体力を失い、足元の注意がおろそかになって足元の小石に躓いて転んでしまう。そんなレノをダリルは叱りつけ、しっかりと自分に付いてくるように注意する。
普段のダリルならばレノが転べば心配するところだが、彼を一人前の「狩人」に育て上げるために厳しく叱りつける。そんなダリルに対してレノは悔しい思いを抱きながらも立ち上がり、彼の後を追う。
「お前は子供だが、もう儂と身長は大して違いはいない!!これからは毎日のように山の中を走れ!!」
「はぁっ……はぁっ……!!」
「ほれ、しっかりと足を動かさんか!!置いていくぞ!?」
「くぅっ……!!」
平地を駆け巡るのと斜面や障害物が多い山の中を駆け巡るのでは疲労に大きな違いの差が現れ、移動するだけでも相当な体力を消耗してしまう。山暮らしのダリルは普段から山で暮らしているので移動する程度で疲れたりはしないが、レノの場合は彼に付いていくのだけでも精いっぱいだった。
一応は2年の生活で山になれていたはずのレノだが、普段の狩猟ではダリルと共に山に潜り、獲物を見つけたら弓だけで狩猟していた。疲れた時はダリルが背負ったりしてくれたので簡単に休む事が出来たが、今はレノのために鬼教官と化したダリルは甘えを許さない。
「あいてっ!?」
「また転んだのか!!いい加減に学ばんかっ!!しっかりと周囲に気を配れ、何時何処で敵と出くわすのか分からないんだぞ!!」
「そ、そんな事を言っても……あいたっ!?」
「口答えする暇があるなら足を動かせ!!さあ、今度は下り坂だぞ!!」
文句を口にしようとするレノにダリルは拳骨を食らわせ、強制的に黙らせると彼は今度は下り坂を降りていく。山道できついのは上り坂ではなく、下り坂の方が実は移動するのにきつく、一気に駆け降りないように気を配らなければならない。
「いいか、どんなに急いでいる時でも山や森の中では周囲に常に視線を向けろ!!どんな状況で魔物と遭遇するか分からんからな!!」
「も、もしも魔物と出会ったらどうすればいいの?」
「簡単な事だ、今は子供のお前に魔物が倒せるはずがない!!出会った瞬間にすぐに逃げろ、上手く地形を利用して敵を撒け!!そうするしか生き残る道はない!!」
ダリルの言葉にレノは頷き、確かに弓矢などの武器を持ち合わせていない状態ではレノは魔物に敵うはずがない。いくらハーフエルフといってもレノの肉体は普通の人間と大して差はなく、ましてやエルフのようにちゃんとした魔法を使えないレノでは魔物の対抗手段を持ち合わせていない。
――それから半年近くの間はレノはダリルと共に山の中を駆け巡り、体力と脚力の強化を行う。最初の頃はダリルの後に付いていくのもきつかったが、時間が経過する事に徐々に彼に後れを取らなくなり、遂にはダリルの同行無しで山の中を自由に走り回る事が出来るようになった。
「ふぅっ……ふぅっ……!!」
森や山の中を走る際、レノは常に周囲を警戒して走る様に心掛けた。移動の際に邪魔になりそうな障害物を発見すれば事前に回避し、足元に落ちている物にも気を配る。考え無しに走り回るのではなく、観察力を高める事でどの道を進めば無駄に体力を消耗せず、効率的に進めるのかを見極める。
最初の頃は周囲を警戒し過ぎて移動するだけでも時間が掛かったが、慣れてくると常に動きながらも周囲の状況を把握し、移動を行う。いつの間にか山の中を駆け巡る体力と脚力だけではなく、周囲の状況を一瞬で把握する「観察力」もレノは身に付けていた。
「見つけたっ!!」
「キュイイッ!?」
移動の際中、レノは茂みの中に隠れている一角兎を発見し、走りながらも短剣を手にする。一角兎は唐突に現れたレノから逃れようと移動を開始しようとするが、その動きを読み取ってレノは行動を移す。
「今日こそ捕まえてやる!!」
「キュキュイッ!!」
駆け出した一角兎の後を追いかけ、木々を掻い潜りながらもレノは一角兎の後を追いかけて手を伸ばす。小型ですばしっこい一角兎を捕まえるのは至難の業だが、それでもレノは一角兎の動作を観察し、次に相手が移動しようとする位置を予測して手を伸ばす。
「うおおおっ!!」
「キュイイッ!?」
一角兎が飛び込もうとした位置に向けてレノは手を伸ばすと、一角兎の首元に触れる寸前、一角兎は空中で回転すると両足をレノの顔面に蹴りつける。
「あいたぁっ!?」
「キュイイッ……!!」
顔面を踏み台にされたレノは両目を抑え、その間に一角兎は茂みの中に飛び込んで姿を消してしまう。しばらくの間は顔面を抑えていたレノだったが、やがてため息を吐き出すとその場に座り込む。
「あと少し、だったのにな……」
もう少しで一角兎を素手で捕まえられると思ったが、レノは逃げられた事に悔しく思い、地面に背中を預けて空を見上げる。特訓を開始してから半年、着実にレノは体力も身に付けて足も速くなったが、それでも一角兎のような小型の生き物さえも捕まえられない。
弓矢を使う事が出来れば一角兎など簡単に捕まえる事は出来るのだが、ダリルから弓矢が使えない場合を想定して素手でも魔物を捕まえられるようにならければならないと注意され、ここしばらくはレノは弓にさえ触っていない。今日もあと少しで捕まえる事が出来たと思われたが、結局は失敗してしまう。
「くそっ……まだ近くにいるかな、必ず捕まえてやる!!」
諦めかけたレノだったが、顔面を蹴りつけられたことを思い出して苛立ち、身体を起き上げる。少し前のレノならば簡単に諦めたかもしれないが、この半年の特訓でレノ自身の性格も変わり始め、どんな物事も粘り強く取り組むようになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます