第8話 必中の矢、判明した力

「ただの偶然、だよね……」



レノは弓矢に視線を向け、もう一度だけ矢を番える事にした。今度は空に向けて撃つのではなく、見当違いの方向に向けて矢を放つ。的の反対側に向けてレノは矢を構えようとしたが、ここでレノは一度だけ的を振り返った。


単純に撃つのではなく、的に当てるという事を意識してレノは矢を番える。頭の中では当たるはずがないと理解しながらも、もしかしたらという思いを浮かべてレノは矢を放つ。その結果、矢は途中で大きく旋回したかと思うとレノの顔を横切って的の方向へ向けて突っ込む。



「嘘でしょ……」



信じられない表情を浮かべながらもレノは振り返ると、そこには先ほど射抜いた矢の下に刺さった矢の姿が視界に映し出され、あまりの出来事に腰を抜かしてしまう。本来ならば絶対に当たるはずがない位置と角度で矢を射たにも関わらず、まるで矢が意思を持っているように自動に軌道を変更して的に的中したという事実にレノは動揺を隠せない。



「偶然じゃない、だけど何で当たるんだ!?」



レノは自分が手にしている弓矢に視線を向け、まさか弓矢に特別な仕掛けでも施されているのかと考えた。彼は昔、母親に小髭族は人間よりも手先が器用で鍛冶師の名工が多い事を聞かされているため、もしかしたらダリルが凄い腕利きの鍛冶師で彼の作り出した武器も特別な仕掛けがあるのではないかと考える。


色々と考えた結果、レノはとりあえずは山小屋に戻ると自分の弓矢を置いてダリルが使用している彼の弓矢をこっそりと持ち出す。基本的にダリルは狩猟を行う時は弓矢は使わず、手斧だけで済ませる事が多いので埃を被っていたが、それでも十分に使える状態だった。



「確か、この弓矢は貰い物だって言っていたはず……義父さんが作った弓じゃない」



前にダリルは自分の弓は友人から贈り物であると聞いていたレノは弓矢を構え、的に狙いをつける。仮にレノが使用していた弓矢が特別な仕掛けが施さているならばダリルの所有する弓矢ならば当たるはずがない。最初にレノは弓の具合を確かめるために撃ち込むと、矢はいつも通りに的に命中する。しかも今度は先ほど放った矢に的中した形となり、それを確認したレノは冷や汗を流す。



「こ、今度こそ偶然当たっただけかもしれない。もう一度……」



弓を構えたレノは的に視線を向けた後、どの方角から矢を撃ち込むのを考える。上空、反対方向の次に撃つとしたら何処がいいのか、考えた末にレノは地面に視線を向ける。



「……これなら当たるはずがないよな」



レノは弓をやや下の方に構え、矢を番えた。真下に撃ち込むと間違えれば自分の足元に当たる可能性を考慮し、少し離れた地面に向けて弓を構える。しかし、ここでもレノは的に視線を向け、今度は的ではなくて的を吊るす縄へ狙いを定めた。



(絶対に当たるはずがないけど……あそこを狙うか)



的を射抜くよりも縄を撃ち抜くのが難しいと思われるが、どうせ地面に突き刺さるのだから当たるわけがないと思いながらもレノは視線だけは的に向けて矢を放つ。その結果、地面に向けて近づいていた矢は途中で軌道を変更させ、今度は砂煙を巻き上げながら的の方角へ向けて鳥が飛翔するかのように浮き上がる。


矢は見事に的を吊るす縄に的中すると縄を引き千切り、樹木の枝に衝突した。しかもそれだけでは勢いは止まらず、枝を貫くと矢は上空へ飲み込まれるように消えてしまい、見えなくなってしまう。その光景を確認したレノはへたり込み、自分の手にしていた弓矢を手放す。



「どうなってるんだ、これ……」



ダリルが所持している弓なので何か特別な仕掛けが施されているはずがなく、目の前の現象の原因は弓矢ではなくて自分自身のせいではないかとやっとレノも理解する。彼は両手に視線を向けると、いつの間にか風の魔力が纏っている事に気付いた。



「まさか……風魔法?風魔法の力で矢を無意識に操作していたのか?」



今までレノは矢を放つとき、無意識に風属性の魔力を掌から発してた事に気づく。今まで気づかなかったがもしかしたら矢が狙った箇所に当たっていた理由は自分の魔法に関りがあるのではないかと考えた。



「矢に風の魔力を纏わせていたから途中で曲がったり、枝を折るほどの威力の矢を撃てたのかな?でも、俺は魔法が使えないはずなのに……どうして?」



里を追い出されてからもレノは欠かさずに風魔法の練習は繰り返していたが、未だに一度も掌に纏わせた魔力を魔法として打ち出す事は出来ない。2年前よりも成長したレノは魔力は増えた事は間違いないのだが、魔法は未だに使えない。


だが、いつの間にか弓矢を使用する時にレノは風の魔力を矢に纏わせる術を身に付けていたらしく、矢に纏った風の魔力のお陰で矢の軌道を変更したり、本来ならばあり得ない威力を引き出す事が出来たのかと推察する。



「……試してみよう」



レノは魔力を消してから矢を引き抜くと、今度は矢を握りしめた状態で風の魔力を発現させる。その結果、矢に魔力が流れ込み、風の魔力を纏った矢が出来上がった。それを確認したレノは驚き、この状態で空へ向けて投げ飛ばす。



「やあっ!!」



風の魔力を纏った矢はレノの手元を離れた後も消える事はなく、それどころか凄まじい速度で空へと飛んでいく。やがて見えなくなるまで高く飛び上がると、レノはその場に尻餅をつく。



「本当に魔力を纏わせる事が出来るんだ。今までどんなに頑張っても魔法が出来なかったのに」



魔力を固定化させて魔法として放つ事は出来なかったレノだが、ここで自分の魔力を手にした道具に纏わせて攻撃が行える事が発覚した。しかも魔力を纏わせる分だけ矢の威力も速度も上昇する事が発覚し、それを知ったレノは笑みを浮かべる。


だが、ここでレノの耳に何かが近づいてくる足音を耳にした。森人族の血を継いだレノは聴覚も人間よりも鋭く、凄い勢いでこちらへ向けて近づいてくる生物の足音を捉えた。即座にレノは生物が接近する方向へと視線を向けると、茂みを掻き分けて現れたのは少し前に上空に消えていった矢がお尻に突き刺さった巨大な猪型の魔物だった。

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