特訓編

第7話 2年後

――レノが森人族の里を追い出されてから2年の月日が経過し、晴れて10才の誕生日を迎えたレノは養父の小髭族のダリルと共に狩猟を行う。彼はレノのために弓矢を作ってやり、他にも狩った獲物の捌き方なども教えてくれた。



「……どうだ、レノ?いい獲物は見つかったか?」

「うん、見つけた。この先に一角兎がいる」

「マジかよ、よく見えるな……俺には何処にいるのかさっぱりだ」



ダリルはレノを肩車しながら森の中を歩いていると、レノは数十メートル先に存在する兎のような生物を発見する。額の部分に角を生やした兎のような姿をした魔物は「一角兎」と呼ばれ、基本的には魔物の中では力が弱く、臆病な性格をしているので滅多に人前には姿を現さない。肉は珍味なので人気が高く、人里に持って行けば高く買い取って貰える。


レノはダリルが作った弓に矢を構え、森人族の血を継いでいる彼は普通の人間よりも視力に優れていた。一角兎に狙いを正確に定めて矢を放つ。発射された矢は木々を潜り抜けていき、見事にレノが放った矢は生物の首筋に的中した。




――キュイイッ!?




森の奥の方から悲鳴が響き渡り、ダリルの肩から降りたレノは急いで茂みを掻き分けて向かうと、そこには首を貫かれて苦しそうな一角兎の姿があった。その姿を見てレノは矢を当てた事を喜ぶよりも苦しそうな表情を浮かべる一角兎を見て罪悪感を覚える。



「おお、よく当てたな!!だが、まだ生きているようだな……レノ、楽にしてやれ」

「う、うん」

「キュイイッ……」



自分に近付いてくるレノとダリルに対して一角兎は悲し気な声を上げるが、その声を聞いてレノは腰に差していた短剣を抜き、ゆっくりと刃を一角兎へと伸ばす。早く殺して楽にさせた方がいい事は分かっているが、どうしても躊躇してしまう。そんな彼にダリルは肩を掴み、自分がやろうかと尋ねた。



「どうする?儂が楽にさせてやろうか?」

「……いや、やるよ」



覚悟を決めたレノは一角兎に向けて短剣を構え、首元を切り裂く。その結果、一角兎の体内から血液が放出され、やがて事切れたのか一角兎は動かなくなった。その様子を見てレノは額の汗を拭い、やはり生き物を殺すときはどうしても緊張してしまう。


ダリルはレノが一人で獲物を狩り、苦しませずに命を絶った姿を見て安堵した。1年前のレノは獲物を殺すときに泣き出してしまい、あやすのに苦労したが今はしっかりと一人で狩猟が出来るように成長していた。



(こいつも成長したな……それにしてもよくこの距離で一発で当てたな。大したもんだ)



ここでダリルは先ほどレノが矢を射った場所を確認し、相当に距離が離れているのに的確に一角兎の急所を貫いた事に驚く。彼がレノに弓を教えたのは半年足らずなのだが、レノは今ではダリルよりも巧みに弓を扱えるようになっていた。


平地ならばともかく、障害物が多い森の中でしかも数十メートルは離れた距離、更には本物の兎と殆ど変わらない小さな標的にレノが矢を当てたという事実にダリルは感心を通り越して不思議に思う。



(いくら弓の才能があるといっても、こいつはまだガキだぞ。こんなに弓の上達が早い事なんてあるのか?)



ダリルは一角兎の死骸の解体を行い始めるレノに視線を向け、疑問を抱く。彼の先ほどの射撃を思い出し、ダリルの目にはまるでレノが発射した矢が勝手に動いて標的に突き刺さっている様に見えた。



(最初の頃は真っ直ぐ飛ばす事も出来なかったのに半年足らずでここまで出来るようになるもんか?まあ、俺は弓の腕はからっきしだからな……もしかしたらこのぐらいの森人族のガキなら誰でも出来る事かもしれねえ)



森人族は弓矢を得意とする種族だとダリルは聞いた事があるため、その森人族の血を継いでいるレノも類まれな弓矢の才能があるのだろうとダリルは納得した。しかし、実際の所は彼の予想は半分は外れており、半分は当たっていた――






――その日の夜、山小屋にてダリルと共に休んでいたレノだったが、ダリルが眠った後に彼は小屋を抜け出す。夜の間にレノは一人で抜け出して弓矢の練習を行うのが日課になっていた。どうして夜に行うのかというと、ダリルのいびきがうるさいのでレノは寝付けず、仕方なく彼のいびきが気にしないほどに疲れるまで弓矢の練習を行うのが癖になっていた。



「ふうっ……ここならいいかな」



レノは弓矢を構えると15メートルほど離れた樹木の枝にぶら下げた的に狙いを定める。的はダリルが切り株から作り出してくれた物であり、かなり分厚いので普通に矢を射抜いても壊れる心配はない。


木の枝にぶら下げた的に視線を向け、弓を構えたレノは矢を番える。狙いを定めてレノは撃ち込むと、見事に矢は的の中央に的中した。しかし、それを見てレノは眉を顰める。



「また、当たった……どうしてだろう、なんでんだろう?」



これまでにレノは何度も弓矢の練習を行ってきたが、ある時を境にレノは的から矢が外れる事がなくなった。最初は自分の腕が上達しているのかと思ったが、最近では不気味な程に矢はレノの狙い通りに的中し、今日も一角兎を仕留める事が出来た。


別に標的に矢が当たるのならば喜ぶべき事だが、レノの場合は異常なまでに命中力が高かった。本人は特に当てる事に意識せずに射抜いても的は必ず標的に命中するため、ここまでくると矢が勝手に動いて標的を狙い撃ちしているような感覚に陥る。



「まさか……」



レノは上空を見上げると、試しに的に一度視線を向けた後、空に向けて矢を放つ。当然だが見当違いに放たれた矢が的に当たる事など有り得ず、そのまま矢は弧を描いて地面に落下する――はずだった。




――パァンッ!!




森の中に矢が的に突き刺さる音が鳴り響き、レノは信じられない表情を浮かべて15メートル先の的に視線を向ける。そこには斜めの角度から的の中央に的中した矢が存在し、それを見たレノは弓を握りしめる自分の両手に視線を向けた。



「そんな馬鹿な……」



先ほど上空に放った矢は落下の途中で軌道が確かに変更し、心の中でレノが狙いを定めていた的に的中した。しかし、真上に放った矢が15メートルも離れた的に正確に貫いたという事実にレノは信じられない思いを抱き、ここまでくると恐怖さえも抱いてしまう。

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