第2話「バルオキー警備隊」

AD300年。人々がまだ地上に住んでいる時代。

ミグレイナ大陸の中央よりやや西に位置する、緑の村・バルオキー。

大陸中央にある王都から少し離れた、街の喧騒とは無縁だが辺境というほどではない、穏やかな時が流れる村である。

アルドは妹と共にこの村の村長に育てられ、現在はバルオキー警備隊に所属している。


エルジオンで予知夢の少年・トルテと別れてから、三日後の朝。

村長の家の二階、アルドはまだベッドの中にいた。

「お兄ちゃん。……お兄ちゃんってば」

「うーん……」

「うーん、じゃないでしょ。ほら、起きて!」

シャッという小気味いい音と共に、カーテンが開かれる。

眩しいほどの陽光が部屋に降り注ぎ、少しずつ意識を覚醒させる。

寝ぼけ眼をこすり、起き出すアルド。

「おはよう、フィーネ」

言いつつ、盛大に欠伸をするアルドに、妹・フィーネはむっとした。

「おはようだけど、おはようじゃないよ、お兄ちゃん!

 いいかげん、私が起こさなくても自分で起きてよ!」

「ごめん、ごめん」と、苦笑しながら、アルドはベッドを下りる。

フィーネはため息一つ吐くと機嫌を戻し、そういえば、と口を開く。

「そういえば、たんこぶはもう治った?」

「ん?あぁ、もう全然痛くないよ」

「ちょっと見るね」フィーネはアルドのうしろに回って、後頭部を診る。

昨日まで少し残っていたたんこぶは、きれいになくなっていた(無論、トルテによる端末投擲の被害である)。

「うん。きれいに治ってるね。帰ってきて、今日で三日?

 何か事情があるって言ってたの、もういいんじゃない?」

言われて、アルドはトルテのことを思い出す。

エルジオンでのことは、事情があって二、三日この村にいる、とだけ伝えてあった。

本当のことを知ればフィーネが心配するかもしれない、という兄の配慮である。

「そうだな。ま、今は特に用事もないし、もう少しこの村にいるよ」

「うん。今日も見回り?」

「あぁ」

「じゃあ、早くご飯食べて準備しないとね。もうご飯は用意できてるから」

フィーネは先に階段を下りていく。

アルドも一つ、大きく伸びをして、

「よし、今日も頑張るか!」と、気合を入れた。


              ×   ×   ×


朝食を済ませ、アルドは村の見回りに出かける。警備隊の隊員として、日課のようなものだ。

バルオキーは平原と湿原に挟まれた、小さな村だ。幼い頃からここで育ったアルドにとっては村人は皆、顔見知りばかり。見回りとはいえ危険な場面に遭遇するのは稀で、だいたいは村人の手伝いで時間は過ぎていく。


ふと、前方の家の扉が開け放してあることに気づくアルド。

腰の曲がったおじいさんが古びた椅子を抱えて出てくる。

「どうしたんだ?」

「おお、アルド。今、家の大掃除をしていての。これも、いつ壊れるとも知れんから

 処分しようかと」

「大変じゃないか?オレでよければ手伝うよ」

「よいのか?」

「うん」と、アルドは手伝うことに。

幸い、物の少ない家で、作業はすぐに終わった。

老夫婦に見送られて、アルドは再び見回りへ。


数歩も行かないうちに、茂みで何かを捜している女性を見かける。

「何してるんだ?」声をかけると、女性は泣きそうな顔で振り返る。

「……それが、指輪を落としちゃったの」

「ここで落としたのか?」

「えぇ、こっちの方にとんでいったのは見えたんだけど……。

 どうしよう、今日は結婚記念日なのに……」

「一緒に捜すよ!」

二人して茂みに頭を突っ込み、指輪を捜す。

「あったわ!」

結局、女性が指輪を見つけ、アルドは髪に葉っぱをくっつけたまま見回りへ戻る。


「アルド兄ちゃん!かくれんぼやろうよ!」と、三人の子どもに囲まれるアルド。

「兄ちゃんが鬼ね。三人見つけられたら兄ちゃんの勝ち!」

どれぐらいの時間を費やしたか。

「やっと見つけた……」

「見つかっちゃった!でも、まだつかまってないもんね!」と、走り出す。

どうやらいつの間にか鬼ごっこに遊びが変わっていたらしい。

アルドは逃げる子どもたちを追って、村中を走り回る。

その様子を、村人たちは微笑ましく見ていた。


ようやく解放され、手を振り去っていく子どもたちに手を振り返しながら、

平和だなぁ、とアルドは思う。


昼近く、アルドはヌアル平原に通じる村の出入り口付近へ差し掛かる。

「そろそろ昼飯に戻るか」と、引き返そうとした、その時。

「大変だ―ー!!」

ヌアル平原の方から、人が走ってくる。

息を切らして走ってきた村人の男性は、アルドを見つけて足を止めた。

「どうしたんだ!?」

「アルド!頼む!息子を、息子を助けてくれ!」

ただならぬ雰囲気に、アルドの体に緊張が走る。

「何があったんだ!?」

「魔物が現れて、息子が、人質に。強い奴を連れてこいって言われて」

「場所は?」

「月影の森の奥で待ってると言ってた。行ってくれるのか?」

「もちろんだ。

 必ず連れて帰ってくるから、おじさんはここで待っててくれ」と、言うなり、駆け出す。

「気をつけてくれよ!」

振り返らずに手を挙げて応え、アルドはヌアル平原へ駆けていった。

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