第4話 クッキー缶(2)
業務が終わって私は家に帰った。ふぅ、と一息ついて先輩からいただいたカーネーションのチーズタルトを食べる。
チーズタルトは濃厚で、そこに乗ったカーネーションのチョコレートは少し苦めで大人の味。チョコレートによってチーズの味わい深さが際立つバランスの良いケーキとなっていた。
先輩はお母さんの為にこんなにも美味しいものを作れたんだから、私も先輩の為に美味しいものを作れたら……。
なんて考えながら私はフォーチュンクッキーに入れるメッセージカードを書いていた。
土曜日。
朝からクッキーを作った。生地を作ることも形作るのも全部ウキウキした。焼いてる間は上手くできるかソワソワした。
フォーチュンクッキーは作るのが難しかったから沢山作って上手くできたものを缶に詰めた。クッキーの説明文を缶の蓋に貼り付けて無事クッキー缶が完成した。
1つのことを作り上げる楽しさも、クッキーの甘い匂いも、想像出来る先輩の笑顔も明日を楽しみにさせた。
日曜日。
クッキー缶を持ってバイト先に向かう。
赤信号は煩わしく、黄色信号には急かされていつもより早い時間にバイト先に着く。
着いてすぐ、私は店長に話しかけた。
「お疲れ様です。クッキー缶作ってみたので休憩室に置かせてください」
「ありがとう。いただきます」
面接の時も思ったが、店長は温厚で話しやすい。それに返事も迷惑ではなさそうで安心した。
休憩室にクッキー缶を置きに行くと店長の奥さんがいた。
「お疲れ様です! もし良かったら食べてみてください!」
「あらありがとう! いただくわね」
ふふふ、と笑う奥さんは店内デザインを考えたオシャレさん。それに経営の管理もなさってるそう。もっと仲良くなりたいなぁと個人的に思っている。
時間に余裕のある私は更衣室で着替え、業務に取り掛かる。何かしていないとソワソワしてしまうから。まだかな〜と思った時店内に電話の音が響いた。
私はご予約のお電話だと思ったから店長の言葉に衝撃を受けた。
「今日休みだってー!」
なんと先輩は風邪をひいて休みらしい。しょうがないよね……と思いながらも心にもやがかかるように落ち込む。切り替えなきゃ、そう思っても消化しきれない悔しさが尾を引いていた。
その時、後ろからドアが開く音がした。 パートのお姉さんが急遽出勤してくれたのだ。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様、着替えてくるわね。あ、店長来ました!」
奥からは「ありがとう」の店長の声とボウルを泡立てる音が聞こえてくる。切り替えなきゃと自分の頬を軽くたたいて忙しい空気感に喝を入れる。
「休憩室のクッキーどうしたの? 美味しそうだった〜」
着替えてきたパートさんが腕まくりをしながら言う。
「私が作ってみたんです。皆さんに日頃の感謝を込めて」
「あらそうなの! じゃあ私、来れてラッキーだったわ」
「そんな大層なものじゃないですよ」
嬉しそうなパートさんを見て、自然と笑みがこぼれた。その笑顔はパートさんの言葉にひどく反応した。
「あとであの子のお見舞い行ってあげたら? クッキー持ってさ。あの子に1番感謝したかったんでしょ?」
「そんな! 私が行ったら迷惑ですよ!」
まさかの言葉に私はワタワタとする。それを見てパートさんは私の肩に手を置いた。
「そんなことないと思うよ? あなたと喋ってる時、1番よく笑ってるもの」
そう、なのかな。予想外の嬉しいことに私は思わず素直になってしまう。
「恐れ多いですよ。でも……行けたら行きたい、です」
「じゃあ時間作れるように頑張るわ! 一緒に頑張りましょ!」
「はい! ありがとうございます!」
こうして、パートさんに元気をもらって業務を懸命に務めた。忙しい日曜日に食らいつくように接客をした。
業務が終わってパートさんに「お疲れ様、気をつけていってらっしゃい」とメモを渡される。そこには先輩の家の住所が書かれていた。
「ありがとうございます! お疲れさまでした」
私は深く頭を下げて急ぎ足で、片手にクッキーを持ってお見舞いに向かう。
がしかし、初めて見るはずの先輩の住所に、私はどこか見覚えがあった。スマホで調べてみると、なんと、保健室の先生の家のパン屋さんだったのだ。
一体どういう事……?
結局、行ってみなきゃ分からない。そう思い、頭では迷いながら、私の足は薄暗い道を地図通りに歩いていた。
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