第3話 クッキー缶(1)
一晩先輩へお礼のお菓子に何を作ろうか悩んで、私のスマホの検索履歴はお菓子だらけになった。しかし一向に決まらなかったので、友達に相談してみることにした。
「お菓子作れる人にお菓子のプレゼントする時って何あげる?」
「え?︎︎ お菓子作るの!? すご!! 私ならなんでも嬉しいな!」
具体的な案が欲しかったけど、そう言われたら頑張ってみようって再度思わされる。先輩も嬉しく思ってくれたらいいな、そう思って私は材料の買い物に出かけた。
買ったのは唯一失敗したことの無いカップケーキの材料。レジを通って買ったものを袋に詰める。
その時、置いてある〝母の日〟のパンフレットに私は目を奪われた。誰かが手に取って戻したのだろう。表紙が後ろになっていた。そして目に映る裏表紙には、クッキー缶が載っていたのだ。可愛くて色んな種類のクッキーが入ってるから先輩の好きなものがあるかもしれない。
こうしてたまたま出会うことのできたパンフレットに背中を押されて、私は予定を変更し、クッキー缶を作ることにした。
レジを並び直してクッキーの材料を買う。こんなにウキウキしながら買い物をしたのは初めてだ。
買い物しながらどうやって渡そうか考えた。先輩宛と言うよりかは、常日頃からお世話になってるバイト先への感謝の気持ちとしてクッキー缶を渡そうと思う。これなら先輩も気軽に食べてくれるだろうし、店長をはじめ、従業員の方にも感謝できるから。
それにしてもどんなクッキーを焼こうか本当に迷う。メレンゲクッキー、グルグルのクッキー、ジャムの乗ってるクッキー……。どれを作ろうかな。どれが好きかな。
そういえば先輩がくれたツヤツヤのチョコレートケーキ、食べる前は中がミルクレープだと思わなかった。そんなワクワクするような物を作りたい、そう思い、ネットでクッキーの事を調べていると1つの記事を見つけた。
『おいしいだけじゃない! 開けるまでが楽しみのフォーチュンクッキーを作ろう!』
その記事をみて私は思わず、これだ! と思い作り方を保存した。これでわくわくして楽しいクッキーを作れる!
その後、私は雑貨屋さんで小さなメッセージカードと大きめの缶を買って着々と準備を進めていた。
明日はバイトがあるから明後日の土曜に生地を作って焼いて冷まして、日曜のバイトに持っていこう。少しでいいから喜んでくれたらいいな……。そう思いながら私は張り切っていた。
*
バイトの日。
少しだけ雨が降っていた。けどそんな今日は誕生日の人が多いみたいで、予約客の方が多かった。店長の手が空かない。そこに先輩が呼ばれた。
先輩は店長に頼られるくらい腕がいいみたい。それを見て私は自信が無くす。ケーキの作れる先輩にクッキー缶なんてバカバカしいのかもしれない、なんて勝手に落ち込んでショーケースに並んだケーキとにらめっこしていた。そのとき、パートのお姉さんが声をかけてきてくれた。
「そのケーキ綺麗よね。あの子の案でできたのよ」
と先輩の方を見ながら言う。カーネーションの形のチョコレートが乗ったチーズタルトだ。これもきっとお母さんを思って作ったのだろう。
「そうなんですね」
「去年の母の日に発売されてとても人気なの」
それを聞いてさらに自信を失う。去年……私と同い年なのに来月頃の発売……。あまりの凄さに「先輩はなんでも出来て凄いですね」と言うしかなかった。考えれば考えるほど気落ちしていく。
「褒めても何も出ないよ」
そんな時、先輩が私の言葉に反応した。どうやら私の言葉を聞いていたみたいだ。少しはずかしく顔を見せることが出来ずにいた。
「そのケーキ、今日売れ残ると思うから持ち帰って食べて」
突然の言葉に「悪いですよ」と私は答える。そんな私にパートさんが
「食べてあげてよ。せっかくだしさ」
なんて言うから「いただきます」以外の言葉を奪われてしまったのだ。
先輩はその返事に満足したのかふわっと笑って言葉を続けた。
「でも、これ試作段階のやつは食べさせられない味でしたよね」
「そうねぇ……味が定まんなくて何日も試作したし店長も一緒に作ってたわね」
パートさんが思い出すように顎元に手を置いて話す。そんなことがあったんだ。でも、完成を目指して頑張れるなんてすごいし、この完成品は艶やかでとても綺麗だ。
「完成品のこれは自信作だから、これ食べて元気出してね」
先輩が私の顔を覗きながら言った。顔に出てたのかな。自信がなくなってたこと。私はそれを隠すように
「え! 元気ですよ?」
と笑顔で返す。すると、先輩は困り眉を見せた。
「元気でその顔ならさらに心配するんだけど?」
「そ、そんな酷い顔してますか? 私」
「んー無理してるように見えるかな」
先輩優しいな……。それによく見てる。周りのことも見えて、しっかり仕事もできる。こうなりたい! の鏡のような素敵な人。
「大丈夫なので気にしないで下さい!」
「ならいいけど」
そう言って先輩は店長の所に戻った。ホッとした顔を見せた後に。
「本当に大丈夫? 気づけなくてごめんなさいね」
先輩が去って先に口を開いたパートさんが心配してくれる。
「大丈夫です! ご心配お掛けしてすみません」
ただ先輩が羨ましかっただけ、なんて言えない。あまりにも隙がないから自信をなくしてた、なんて知られたくない。でも先輩にも頑張ってた時期があったことを知れて、私も頑張ろうと思えた。
明日は予定通りクッキー缶を作ろう。心配かけてしまった分も返せたらいいな。奥に見える先輩の姿を見て、そう思ったのだ。
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