第2話 先輩(2)

 学校では、1年生は4階に、2年生は3階に教室がある。だから移動教室のときに3階の渡り廊下をわざわざ通ってみた。先輩に偶然を装って会いたい、お礼を言いたい。そんな思いがどうしても、シフトが被るたでの1週間という時間を待てなかった。

 どんなに気持ちが急いでも、結局、学校では先輩に会えなかったのだけど。




 それから、いく日かのバイトは頑張ったものの、なんとなく物足りなかった。その理由は、言いたいことが言えてないからなのか、それとも先輩がいて欲しいからなのか。

 そんなそわそわした感情や行動に友達は「恋でもしたの?」とからかってきたけれど、これは恋なんかじゃない。

 例え、先輩がいて欲しいという気持ちがあってもだ。先輩への思いは好きじゃないと宣言できる。

 だって私にはずっと変わらない好きな人がいるんだから。



 *



 この長い恋はこの学校を目指すきっかけでもあった。だってここは私の好きな人の勤務先にあたる。廊下で、保健室で、あの人に会えたらその日の夜はぬいぐるみを抱きながら寝転がり足をばたつけせてしまうくらいに幸せになれる。

 ――保健室の先生。

 先生を好きになるきっかけは、一緒にパンを食べた時。先生の家がパン屋さんを経営してて、私はそこのパンがたまらなく好きだった。6歳差の先生は小さな時から話しかけてくれて、そこからずっとお兄ちゃんみたいな憧れの存在。店内の椅子に座ってしりとりしたことがもう懐かしいけれど、今でもパンの匂いがするとまぶたに先生が写る。


 先生が居なかったら間違いなく今の私はいなかった。高校もここじゃなかったし、そうすればバイト先もあのケーキ屋さんじゃなかった。先輩とも会うことなかったんだ。だから先輩は、なんていえばいいのだろう。先生によって引き寄せられた人というか……。とにかく先輩に会いたくなるのは、ただ優しくしてもらってるからお礼が言いたいってことだ。

 でもそれだけじゃないからこんなにも矛盾した私の心に噛みついていた。ほんとうはこれがそんな単純な感情じゃないって気づいている。先輩へのドキドキが、実らない恋を諦めろと言ってるようで、それが気に入らない。このドキドキがなんなのか、先輩と会って確かめてみたい、そう私は思っていたのだ。



 *



 先輩とシフトが被ってる日の朝がやってきた。やっと会える、それだけでウキウキだ。それに晴れやかな日で気分が上がる。


 その日は授業をうけていても先輩のケーキの味を思い出して上の空になってしまう。考えれば考えるほど早く会いたくなってどんどん待ち遠しくなった。それと同時に先輩を知りたくなった。なんでケーキ屋さんに務めてるんだろう、だとか、将来的にケーキに携わる仕事がしたいのかな、とか。


 放課後になって足早にバイト先に向かう私はドキドキしていた。




 バイト先に着いてもまだ先輩はいなかった。髪を結って着替えて準備をする。ドアから先輩が入ってきた時、私は自然と笑みがこぼれた。



「おはようございます! この間はケーキありがとうございました! 甘くてすごく好きな味でした!」



 やっと言える、それが私の言葉を少し早口にした。先輩がほっとした顔で言う。



「おはよう。それなら良かった! 店長に今度食べてもらって商品化出来ないか聞いてみたいと思ってるんだよね」


「私、商品化して欲しいです!」


「俺もそう思う。あのケーキを食べてもらいたい人がいるんだ」



 と少し顔を赤くしながら先輩が言った。

 先輩をそんな顔にさせるなんて、一体、誰なのだろう……。私じゃない誰かだと思ったら少し羨ましくなった。そのモヤっとした感情が、聞きたいと思ってたことを忘れさせるくらい私を侵食していた。



 さっきの先輩の言葉が引っかかったまま接客をしていた。気になるが業務中は少し忘れられて気が楽だった。けど、お客様が来ない時は先輩が話しかけてくれる。それが複雑な心情には辛く、私は目を合わせられなかった。



「先輩はケーキを作るのが好きなのかな……」


「ん? すきだよ」



 返事をされて無意識に口に出ていたことに気づく。言うつもりなってなかったことで、自分でも混乱しながら「なんで、ですか?」と咄嗟に返した。



「それはね、家がパン屋さんなんだけど、昔余ったパンにホイップクリームとか挟んでケーキ! って言ってたんだよね。

 それをお母さんがこのケーキおいしいって食べてくれるのがほんとに嬉しくて、いつか本物のケーキを食べさせてあげたいなって思ってきたから、作るのも食べてもらうのも好きなんだよね」


 

 理由を聞いて先輩がお母さん想いな人だと知る。語る姿にまっすぐだなと思った。そしてそのまっすぐさが輝いて見えて、ちっぽけなことに悩んでいたんだと思い知る。



「そうなんですね! 素敵です!」


「だから商品化してお母さんに食べてもらいたいんだよね! お母さんはミルクレープとチョコレートケーキが好きで、いつもケーキを買うときは2つとも頼んでたからどっちも味わえるケーキを作りたくて! なんか恥ずかしいな」


「お母さん、きっと喜びますよ!」



 その後はたわいない話をして今日の業務時間が終わった。先輩は店長の所へすぐに向かった。

 私が帰る準備をしてると店長がシュークリームをくれた。先輩は試作品を作るみたいだ。とても一生懸命な顔をしている。


 私に気づいてにっこり微笑み、声をかけてくれた。



「おつかれさま! 気をつけて帰ってね」


「おつかれさまです! お先に失礼します!」




 家に帰る途中にカフェオレを買ってシュークリームと一緒に食べた。生地がサクサクでクリームが口当たりがもったり、でもバニラが香るカスタードはすっきりしていて美味しかった。


 いつの間にか緊張が絶えなかったバイトがすごく楽しい。それに私もお菓子が作りたくなってきた。先輩みたいに夢中になれるものが欲しくなったのだ。

 今度、先輩に普段のお礼って事でなにか作って渡そう。そう意気込んだはいいものの、先輩がどんなのが好きなのか分からないし、先輩は作れないお菓子無さそうだし、凄く頭を悩ませた。でもそんな焦れったい私はいつもの私じゃないみたいで、なんとなく変われてる気がしたんだ……!



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