第1話 先輩(1)
いよいよ初出勤。このドアを開ければバイトデビュー! とルンルンとしていたはずだったのに、今日のシフトを見て、私は不安に溢れていた。なぜなら業務時間が被っているのが私と店長と、バイトでも学校でも先輩にあたる方と仕事なのだ。
しかも面接時に店長から言われたのが、その先輩が私の教育係だとか。
私はまだ出会ったことの無い先輩に少し怯えていた。そう、まだ会ったことないけど〝先輩〟という響きが怖いのだ。
思えば中学の先輩は厳しい人であったし、高校にもまだ慣れていないため、上下関係の気難しさがどれほどか計り知れない。
それに女の人の上下関係は厳しい……弱みを握られるかもしれないし、ヘマをしたら何か言われてしまうかもしれない。
私は何度か深呼吸をして、せめてお店の迷惑にならないように頑張ろう、と目の前のドアを開けた。
ドアを開けると、バイトの制服を
「今日入った子だよね、何かあった?」
「いえ、なんでもないです……」
細身の体から想像できる声よりも低めの声に少し戸惑い目を逸らす。彼は腕まくりをしながらこう続けた。
「そう。まあわかんない事あったら聞いて。僕が君の教育係だから。
更衣室ここね」
「あ、ありがとうございます」
浮き出ている腕の血管の筋に男性らしさを感じる。ケーキ屋さんで学生のアルバイトだから勝手に女の先輩だと思っていた。まさかあんなスマートな男性なんて。店長も教育係が男の人なのか、女の人なのか教えてくれたら良かったのに。そう思いながら私は更衣室のカーテンを閉める。ピント張った制服に腕を通しながらさっきの先輩を頭に浮かべなおす。
第一印象は白が似合う人。綺麗で爽やかで優しい気がした。あと、このドキドキは多分緊張だよね……?
慣れない環境。初めての人。想像にかなわない現実。これらすべての緊張要因から落ち着くために私はマニュアルを読み直してから業務に入った。
*
「お、おはようございます!」
甘い空気を吸って第一声を張る。店長が「おはよう」と微笑み返してくれて接客のカウンターへと一緒に歩き進める。
今までケーキのショーケースを外側からしか見たことがなかったけど、内側からもこんなにもきれいなんだとワクワクする。
「こいつからいろいろ教わりながらできることからやってみて」
店長の言葉に「はい!」と返事をすると、誕生日ケーキを作るため奥へと戻っていった。
接客は私と先輩の2人だ。緊張が解けない中、業務を覚えながら、接客をする。とはいっても接客はほとんど先輩が対応してくれた。私はそれを見て参考にする。
お客様が来ない時、先輩と話すが、どう接すればいいかわからない。慣れない環境に疲れる。
「どう?︎︎ 慣れた?」
「いえ……まだ少しだけです」
私を気にかけた言葉に、私は自信を持てずに答えた。
「でもいい挨拶してるじゃん」
それを聞いて反応に困った。というか仕事の〝し〟の字も出来ずにいるため、怒られてもおかしくないと思っていたから先輩の一言に心からびっくりしたのだ。
「あ、ありがとうございます。早く仕事になれるように頑張りますね」
「うん、困ったら頼って」
先輩は面倒見がいい人で私のことをちゃんと見てくれてた。そして、まだ出来ないことばかりでダメな私に褒め言葉をくれた。そんな優しい先輩の力になれるためにと私は残りの業務に励む。頑張っていたら、残りの時間はあっという間に過ぎ去っていた。
着替えて帰ろうとした時、
「おつかれさま! これ食べて疲れ取って」
先輩から箱を受け取る。
「え、いいんですか? その、頂いちゃって……」
「これ俺が試作中のケーキで食べて見てほしいんだ! それで感想もお願いしたいんだけどいいかな?」
「わかりました! 美味しく頂きます」
「まだ美味しいかわかんないけどね。お疲れ様」
と笑いながら言う先輩に私は
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
と今日お世話になった分の感謝を込めて頭を下げた。
*
その日は、早く先輩のケーキが食べたくて少し早歩きで帰った。まだ歩きなれてない帰り道を、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰ったのだ。
箱を開けて香る甘い匂いが心を微かに触れた。中にはツヤツヤのチョコレートケーキ。これを食べた先輩のことを少し知れる気がする。
ゆっくりフォークを下ろした。すると、中はミルクレープで出来ていて、切った断面は幅が均等なクリームと生地の層が出来ていた。フォークに乗せた分を口に運ぶ。味は甘くて濃厚なチョコレートが先に、後からふわっとしたクレープ生地とクリームが消えていく感じ。美味しいのはもちろん、口当たりが心地よい。
お礼を言いたくて次のシフトを見る。来週シフトが被っていた。早く言いたいのにと時間が心を逆なでした。
学校で話しかけちゃダメかな。さすがに迷惑だよね?
今日知った人だから知人? バイト仲間? 私と先輩はなんと表現すればいいんだろう。初めての距離間に似合う名前を私は知らない。
でもこれだけは明確。早く先輩に話しかけれるようになりたい。そんな思いからこのバイト生活は幕を開けたのだ――!
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