第40話 下野

四人は頷き、八手の導くままに小屋の中に入るとアヤメが予想していたよりも多い人数が待っていた。


待機していたのは全員で十人ほど。ほとんどが八手と同じく濃紺の隊服を纏っており王立軍だと見てとれるが、ーー恐らく件で逃げ切った狩人だろうーー中には麻と綿で縫われた隊服ではない服を着た男の姿もあった。


「下野(しもつけ)さん、白杏の長と支援者が到着しました」


八手が代表者であろう男に声をかける。『下野』と呼ばれた男は部屋の中央に置かれた椅子からゆっくりと背後を振り返り、アヤメたちに視線を向ける。年の頃は八手と同じ、または少し下あたりか。少し頬骨が出ており、体格は細身のように見えた。


特徴的な、狐を思わせる細い目と視線が合うと男はすぐに立ち上がり、アヤメ達の元へ近づいた。


アヤメは姿勢を正し、相手よりも先に拳同士を合わせて礼をする。下野も神経質そうな身振りで礼を返した。


ーーん?


その際男の袖の隙間ができ、手首あたりに包帯が巻かれているのが見えた。最近負った傷なのかところどころに黒く血が滲んでいる。

アヤメの視線に気が付いたのか、下野は「ああ」と独りごち、素早く服の中へ傷を隠した。


「訓練の最中うっかり負傷しまして…、剣を振るのには支障がありませんので、ご心配なく」


「いえ、不躾にすみません」


じろじろ見すぎたかと慌てて謝るが下野は別に気分を害した風でもなく笑って首を振った。


「ご挨拶が遅れましてご無礼を…大変失礼致しました。お初にお目にかかります。白杏の長、アヤメと申します」


「今回の作戦の指揮を執らせて頂きます、下野です」


アヤメに続いて、立浪、紫苑、棗の三人も自己紹介を済ませる。


「此度は遠いところからご足労をおかけ致しまして恐縮の限りです」


「いえ、元はうちだけで解決せねばならなかったこと。その問題を貴殿らの村にも及ぼしてしまって…いやはやまさかこんなにも大勢の支援者に集まってもらうことになるとは」


胡散臭いな…、とアヤメは笑いながら率直に思った。たかだかアヤメ含めて四人を『大勢』 と言ったのだ。あちらの要望は元々アヤメと立浪の二名のみ。そのことに対するあからさまな嫌味だろう。


「白杏の森は慣れた者でさえ迷いやすく、また獰猛な動物が多い危険な場所です。微々たる力添えかと思いますが、早期解決のために精鋭を連れて参りました」


「『精鋭』ですか、それは頼もしいですね」


男たちから微かな笑い声が漏れる。アヤメ達四人を軽んじるようなその笑いに立浪と棗は眉を潜め、紫苑は男たちを睨み付けたが、下野と対峙するアヤメは動じなかった。

むしろ声色を明るくして目を輝かせんばかりに下野を見返した。


「はい、ご期待に添えるように私共誠心誠意努力致します。

…ところで確か、下野様は最近『剣玄』の称号を取られたとか」


「へえ…、ご存知なんですか」


「はい、お噂は予々耳にしておりました。僅かの間とはいえ、そんなお方とご一緒できるかと思うと今から心弾んでおります。

 あっ、すみません。あまりご迷惑にならないようにと抑えていたのですが、目の前にいらっしゃるかと思うと高ぶってしまって…。お恥ずかしい限りです…」


そう言ってはにかんで少し下を向くアヤメの姿は完全に憧れている人に出会えてはしゃぐ無垢な若者のように見えた。本心から言っていることを示すように髪から覗く耳はうっすらと赤く染まっている。


予想外に人懐こい笑みで話しかけられ、その邪気の無い態度に毒気を抜かれたのか、いつの間にか最初の鼻につく態度とは一変し、下野も満更ではなさそうな態度になっていた。


「大したことではありませんよ。貴女だって日々の鍛練に励めば取れる可能性もあります」


「そんな、私など」


アヤメと下野の会話を聞きながら紫苑は自らの腹筋を苛めている気分になった。気を引き締めていないと思わず吹き出しそうになる。


『剣玄』だなんて自分が持ってる『剣聖』の称号よりも二つも下の位だ。下野は謙遜のつもりだろうが、本当に『大したこと』ない。


アヤメもそのことは勿論知っているはずなのに、『剣玄』の称号を持つ人物の前で胸を躍らせる『フリ』をしている。隣を見ると、棗は目を白黒させており、立浪はアヤメの白々しいまでの演技は面白いらしく、無表情を保っているが口の端が僅かに震えていた。


これは、駄目だ。


紫苑が笑い崩れるのが先か、三文芝居が終わるのが先か、甚だ怪しいところだった。

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