第17話 魔術師
とんだ仕事だと思った。
足を滑らせないよう、濡れた苔を固く踏みしめながら男は森の中を歩く。
男は魔術師だった。
真を追究し、真を追求する者。世界の全貌を識るために切れ端を探し、集め、繋ぎ合わせる者。
魔術を行使できるかは生来の資質・能力によって大きく変動し、魔術師の素質を持つ者はごく僅かであった。
天から与えられた恵み。
ほんの一握りしか与えられない能力を人々はそう称える。
―――私は選ばれたのだ。
薄青い月明かりしか光のない、濃厚な闇がもったりと背中に迫ってくる妄想に駆られ、男は自身を鼓舞させる。
魔術師には自信家で自尊心の高い者が多い。それは時として敵を圧する強みにもなるが、他を下に見る姿勢は、傲慢だと蔑されることも少なくない。
例に漏れず、男も魔術師らしい気性であった。
幼い頃に魔術師の素質があるとわかってからは、高等な勉学を学べるようにと中央の学院に押し込められ、閉鎖的な生活を送った。
誰かから教わることは嫌いだった。誰かに教えを請うことは自分が許さなかった。
自分は選ばれた者なのだ。
そのような自分が何故、凡俗な者共と同じような教育を受けなければならないのか。
学院を出てからは外でやることも、やりたいと思ったこともなかったために興味のある研究にひたすら時間を費やした。
魔獣召喚術。
それも一匹だけではない、何百匹もの魔獣を一度に召喚する術。
元々体術全般が苦手な魔術師は前衛を任せる武闘師または剣闘師と二人一組でいることが基本である。しかし、男はそれを良しとしなかった。
魔術の素質を持ち得ない、または自分より低い者が何故平然と生活できているのか不思議で仕方なかった。自分なら、恥ずかしくて表を出られまい。
そのための魔獣召喚術。我ながら名案だと男は自負する。
自分で使役したものなら、安心して前衛を任せられる。
「本当にこっちで合ってるのかよぉ」
―――汚らしい。
チ、と舌を鳴らす。
この上なく不快なダミ声を出す男に腹立たしさを感じる。
男のまわりを巨体を揺らす護衛が三人囲んでいた。
「良いから黙って進め」
苛々と返すと、揶揄するような笑い声が護衛達から漏れる。
男は、手の中にある術式の書かれた紙を怒りで潰さないよう必死で堪えた。この術式さえ行使できれば、こんなゴロツキ共を雇う必要もなかったのだ。いやそもそも、あいつに弱みさえ握られていなければ。
やがて、視界が開け森の中央と思しき場所に出た。
目の前には巨大な岩が細かく裂かれ砕かれたような塔が建っている。薄闇によく目を凝らせば、頂上に岩と岩でできた狭間ができているようだったが、獣の気配はなく冷たい空気だけが漂っていた。
早く済ませてしまおう。ここはなんだか気味が悪い。
事前には、野生の魔獣がこの森にいるという報告はなかった。だというのに、先程から何かに圧をかけられてる錯覚を覚えていた。少し肌寒いのに額にはじっとりと汗をかいている。まるで、何者かに見張られているような…。
自分以外はそれを感じ取っていないようで、護衛達は気ままに世間話をしており気にしすぎなのかとも考えたが、どうにも落ち着かない。
「…このあたりで良いだろう」
ちょうど真ん中にあたる地面を軽く掘り、紙を入れる。しっとりと濡れた地面は、近くに水源がある証拠だった。これなら、魔獣達も住みやすいだろう。男は自然と口角が上がるのを止められない。以前は未完成の欠陥品であった。しかし今回は違う、血力を注いでコレに費やしたのだ。
護衛達は特に興味はないらしく、ぶらぶらと辺りを歩きながら暇を持て余していた。
―――見ているが良い。
人差し指と中指を揃え意識を集中させる。
あと数分後にお前らは私にひれ伏し、赦しを乞うのだ。今のうちに精々楽しんでいるが良い―――。
その時だった。
「――ぐッ…!」
呻き声と崩れ落ちる音。
意識が乱れ、紡いでいた術式は中途半端なまま空に霧散した。
「なッ…?!」
慌てて周囲を見渡すと、そこには地に倒れている黒い塊が一つ。ソレが先程まで軽口を叩いていた護衛であると認識する前に苦悶する呻き声がまた一つあがった。
なんだ、一体何が…
男は混乱しながら目を向けた先、そこにある奇妙な光景にクッと息を飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます