第14話 穏やかな昼午
「お待たせ致しました」
注文していた料理を給仕が持ってきた。
集中を切らしたアヤメがパッと顔を上げ、机の上に並べられる料理に目を向ける。
杏の焼き菓子を始め、芋煮など田舎料理が並び、温かい湯気がアヤメと月の食欲を一気に駆り立てた。
ーーと、最後に給仕から出された品にアヤメが首を傾げる。
「…あれ?」
白いこってりとした生乳が塗られた焼き菓子。その上には瑞々しい苺が敷き詰められている。
頼んだだろうか、と不思議に思い給仕の顔を見ると、質問を待っていたかのように説明をした。
「今月は月様のお誕生月だと聞いたので…ささやかながら、お祝いしたいと思いまして」
そう言ってから、ぽっと赤く蒸気した頬に女性らしくほっそりとした手をあて、熱い視線を月に送った。
「おめでとうございます、月様」
「……」
「ありがとうございます」
にっこりと綺麗な笑みを向ける月に対してアヤメは給仕とは違って呆れた視線を送った。
…まただ。
とにかくこの部下は女性からモテる。
アヤメなど目に入っていないのか、女性の目はひたすら月に向けられ、何か言うたびに大袈裟に一喜一憂しているのが見て取れた。
月はあくまでも紳士的に対応しているが、アヤメからしてみるとそれが少々気障っぽい。
手慣れている…
口には出さず、テーブルの上に出された料理を代わりに黙々と詰め込んだ。
すらりとした長身に鍛え上げられた筋肉。紅玉を思わせる意志の強い瞳。軽く腕捲りされている袖口から逞しい腕が伸びる。いつも襟元も袖口もきっちりと留められているために珍しさからか先程からその部分を女性が目の端に留めていることがわかった。
モテることはまあ、朴念仁と言われるアヤメから見てもわからなくはない。
ただ、どうにも素直にそのことに頷けないのも事実だった。
月は人当たりが良い。話しかけられたら感じ良く応じ、優しい態度を取る。
だが、目の奥では笑っていない。
今も、楽しげに会話しているが心から楽しく思ってるかは怪しいところだった。
行儀悪く頬杖をつきながら給仕の女性に同情しつつ食べることに勤しむアヤメは、早くも一皿完食しようとしていた。
「あっ」
給仕が仕事に戻った後、すでに皿が空になりつつあることを見た月が非難の声をあげたが、そ知らぬ顔で残りの料理にも手をつける。
「まったく…待つってことを知らないんですかあなたは」
「冷めるよりは料理人も良いだろ。…月は厨房であの子と熱々の料理を楽しんできたらどう?」
「勘弁してください…腹減ってるんですよ」
そう言うと、アヤメ側にあった皿を自分の方に引き寄せた。
本当に腹を空かせていたようで、いつもの悪態をつくことなく食べ始めた月に笑い、アヤメは咎めることをしなかった。
「今月誕生月なんだね」
「ええ、まあ。そうらしいですね」
曖昧な返事に首を傾げつつ、早いペースで食べる月に焦り、アヤメも食事を再開した。食べつつ、そういえば、と気になっていたことを訊いてみる。
「何歳になるんだっけ」
「23になります」
「ええっ」
驚いて、手を止める。
「もっと上かと思ってた…」
正直な感想を洩らすと渋い顔が返ってきたので慌てて付け加えた。
「いや、良い意味で!」
「どういう意味ですか」
「貫禄があるってことだよ」
それもどうも微妙な心境になるらしく、眉間の皺は寄ったままだった。
「…そういえば、アヤメ様は幾つでしたっけ」
「僕…?17、だけど」
「えっっ、もっと下かと思ってました」
わざとらしく声をあげる月に苦々し気な視線を送る。
「いや、良い意味で」
「…どういう意味だよ」
「可愛いってことですよ」
仮にも上司に向かってさらっと『可愛い』などと言ってのける。
やっぱりこの部下は一筋縄ではいかない…
アヤメはそう再認識し、小ぶりながらも甘ったるそうな焼き菓子に遠慮無く手を出し、大きな一口を放り込んだ。
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