第7話 西の姉弟
苛々と指を叩く。
行儀が良いとはお世辞にも言えないが、こうでもして気を落ち着けないと目の前の連中を殴ってしまいそうだった。
出された茶に手を付けず、周囲をジロリと睨み付ける。
男達の背後にいる藍色の布を全身にまとった護衛らが見せ付けるように剣の柄を鳴らしたが、桂樹は一向に怯まなかった。
むしろ、斬り掛かってみろよと思う。
そうすれば、こんな茶番に付き合わなくても済むのだ。まったくもって、馬鹿馬鹿しい。
「桂樹、やめなさい」
隣に座る月がそっと告げる。
長い髪をゆるく編み、下に垂らした姿で、落ち着いた萌黄色の服をゆったりとまとっている。
横顔はいつものごとく凛と顎をひき、目の前を見据えている。
余裕、なのだろうか。
その様子に桂樹は眉を潜めながら指を落ち着けた。
「何か、勘違いをしてはいないかね」
円状に並ぶ中で、ちょうど桂樹の正面に座る男が嫌味たらしい口調で桂樹に話し掛ける。
「君はあくまでも長の弟であって長ではない。君自身には何の権限もないのだよ」
まわりが同意するように嗤う。
明らかに桂樹のことを下に見ているその態度に、桂樹はいきり立つことなく鼻で笑ってみせた。
「知ってますよ、そんなこと。だから俺は自由に動けるんです。あなた達と違って何の権限も拘束もない代わりね。……色々聞いてますよ、あなた達の無能さを」
「なんだと…!」
「躑躅(つつじ)殿、あなた軍事局長と何を企んでいるんですか。架空の兵器なんぞ話に持ち出して。馬鹿らしい」
「貴様ッ…!不敬だぞ!」
「不敬なのはどっちだよ。あんた達、この木蓮が他の領地と比べて小さいからといって舐めてるだろう。
あんた達がうちの民を誑かして内輪揉めをさせようとしていることもこっちは知ってんだ」
「なッ…」
顔を真っ赤にさせた年配の男を筆頭に、場に座する者の顔が一斉に歪められる。
「うちの領地を乗っ取って、果ては東の国々も乗っ取るために戦をおっ始めようって魂胆か?」
獰猛な獅子のように、白い歯を剥き出しにして相手を威嚇する。
精々凶悪そうに見えるといい。
これまでに散々煮え湯を啜らされてきたが、同じ目線に立ってからは、違う。
月が長になってからは、これまで通り好き勝手できると思うなよ。
西の陣は、東と違って三陣しかないために一つの領地が大きく、それに比例して権力も大きい。
西の属長は、東でいう陣長と同等の位にあった。
「――やめなさいと言ったでしょう」
桂樹。
制止の言葉の割に、月の口調はどこか優しさを含んでいる。
伺うと、ちらりと茶目っ気の含んだ視線が返され、桂樹は頷き、黙っていることにした。
ここからは、月の番だった。
「不出来な弟でして…。
非礼の数々、お詫び致します。どうぞお赦し下さい」
薄く笑んだ顔は、まるで咲き誇る百合のように美しい。
全員がほう、と見惚れ、鼻の下を伸ばした。
しかしそれも、次の瞬間には凍り付くこととなった。
「それで…、この者達の処分をどうしましょう?」
リン、と鈴の音を合図に、扉から数人の男達が倒れこんできた。その顔を見るや否や、声を荒げていた男達の顔色がサッと青くなる。
「見覚えがありますよね、皆さん」
我が血縁ながら恐ろしい、と桂樹は密かに思い、しばらく傍観に徹することにした。
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