第2話 僕と君の新たな始まり
僕は思う。君ともっと早く出会えていたらと。
血に塗れた僕の人生の中で君と過ごした時間だけは人に誇れるものだった。人生の最後のほんの少しだけどあの日々は幸せだった。
君と起きて、君と笑い、君と寝る。本当に幸せだった。だから思うんだ。君ともっと早く出会えていたらと。
これから君は生きていくだろう。僕のいない膨大な時間を生きていくんだ。今までの反動で体はもう動かない。直に呼吸も止まる。だから君に伝えておきたい事があるんだ。
僕と出会ってくれてありがとう。僕と一緒にいてくれてありがとう。僕は先に居なくなってしまうけれど君には幸せに生きて欲しい。今までありがとう。
そう伝えたかったのにもう口も動かない。辛うじて見える目も霞んできた。
ああ、そんなに悲しそうな目をしないでくれ。散々人の命を奪ってきたんだ。こんな結末は当然さ。いや、人の命を奪ってきた割には幸せすぎる結末だ。
もう君の顔が目に映らなくなってしまった。暗闇しか映らない。それでも君が手を握ってくれているから怖くは無い。
意識が朦朧としてくる。うたた寝の様に起きては消え、起きては消えを繰り返す。そのうちに永遠に起きる事はなくなるだろう。
一つだけ心残りなのはこれから一人で生きる君だ。僕はもう君とは過ごせない。君を見守る事もできない。どうか幸せに。どうか健やかに。僕はもう祈ることしかできないから。
僕の知っている神とは違う存在に祈りながら意識は薄れていく。そしてそのまま眠りについた。
目が覚める。と同時に体を起こす。どうやら横になっていたらしい。自然に立ち上がる。もはや意識する事すら無くごく自然に。故に驚愕する。体が動く。足も手も。全てが思い通りに動く。
辺りを見まわす事もできる。目が見える。鮮明に。明快に。
白い。ただただ白い場所にいるようだ。上も下も全てが白いためどこまで続いているのかは分からない。
声がする。聞き慣れた。忌々しい声。透き通るような声は女性らしさを凝縮している。何も知らなければ無条件に崇めてしまう程に神々しい。
「我が信徒であった勇者。勇者として生きた褒美です。その右手にある勇者としての刻印、それと引き換えにあなたの願いを一つだけ叶えましょう」
勇者。その言葉に苦しめられた。勇者という言葉使って人は強要してくる。人助けを。人殺しを。自己犠牲を。
人は押し付けてくる。仲間の命を。人の夢を。世界の平和を。
それは人に限らず神でさえも強要し、押し付けてくる。
それに気が付いた頃にはもう手は血で染まっていた。
そして僕と戦う相手もまた強要され押し付けられた者だった。
だから逃げた。戦うのを辞めても二人で逃げた。
最初は打算だった。お互いにそうだっただろう。それでも過ごしているうちに。彼女と月日を重ねるごとにその思いは変わっていった。彼女の事は分からないけど僕はそうだった。死んでしまった今でも彼女の事を愛している。
だから僕の願いは決まっている。
「彼女が死ぬまで一緒にいたい」
「それがあなたの望みですね。分かりました。叶えましょう。あなたは勇者の中で一番面白かった。少しサービスしてあげます」
体が淡く光りだす。その光はだんだんと強くなっていく。そういえば言い残した事があった。
「お前の悪趣味な暇つぶしが僕と彼女を巡り合わせたんだ。感謝してるよ」
それは良かった。そんな言葉が聞こえた気がした。
視界が騒々しい。辺りには見知った建物と見知らぬ建物が混在している。見知った建物だけで判断するならここは南方連合で一番大きな国、パレス王国だろう。
死んだと思っていたのだがどうやら僕は生きているらしい。
生きているならやる事は一つしか無い。彼女に会いに行かなくては。
死にものぐるいで彼女の元に向かった。右手の刻印は消えていたが、呪いの様に授けられた人並み外れた体力と身体能力。今だけはこの呪いに感謝した。彼女の元に早く迎えるから。
何日たったのかは分からない。それでもやっとの思いで辿り着いた。追手から逃れて余生を過ごした隠れ家。
この森を抜ければ直ぐそこに。早く君に会いたい。まだまだ君と過ごせるんだ。
一目で分かった。燃え盛る建物。それを取り囲む兵士。一目で君が何をされているのか分かった。死にものぐるいで君の元に向かう。阻む兵士を吹き飛ばし、燃える盛る炎を突き進む。
中に入ると、広がる光景に愕然とした。床に広がる血痕。それはたった一つだけ。一つだけの血痕は奥に続いている。君は争わなかったのだろうか。君ほどの実力ならあんな奴らが束になっても叶わないはずだから。
血痕を辿って奥に進んでいく。進むたびに血の量が増えていく。
そして最も血の量が多い場所に君は居た。息も絶え絶えで全身に槍やら剣やらを刺されながら。それでも君は座っていた。美しく気高く座っていた。
こちらを見て彼女は驚く
「私は最後に夢を見ているのかな。目の前に死んだはずの君が立っている」
「夢なんかじゃない。僕は今夢であればいいと思っている。それでも夢なんかじゃない。僕は今ここにいる」
体中に刺さっていて抱きしめることは出来ない。だから手を握る。
彼女はゆっくりと口を開く。噛みしめるように口を開く。
「君が居なくなった後でいろんな事があったけど語る時間は無いらしい。だから最後に言わせてくれ」
「最後だなんて言わないでくれ」
声が震える。視界が霞んでいく。これは涙だろうか。それとも血だろうか。
「いいや最後さ。私にはもう時間が無い。だから言うよ。私は君と過ごせて幸せだった。今までありがとう」
「それは僕も同じだ。君と過ごせて幸せだった」
「そうか。嬉しいね」
彼女は笑った。燃え盛る炎を背景にして。美しかった。女神なんて比じゃない程に。世界で一番美しかった。
そして美しいまま動かなくなった。
彼女の手を握りながら恨んだ。人を。世界を。神を。しかし恨んでも君が還ってくる訳でも無い。君の為に戻ってきた僕は目的を失った。あの悪趣味な女神の事だ。このまま僕の命も朽ちるだろう。
だからこの話はここでおしまい。
そう終わりになるはずだった。
筈だったんだ。
動かなくなった彼女の体は光り出した。それと同時に僕の体も。だんだんと光が強くなっていく。この世界に戻ってきた時と同じように。
そして視界は黒に染まる。同じような光景は見た事がある。その時は白だったが。
その時と違うのは色だけではない。握っていた手にはそのまま感触がある。彼女がいる。彼女がいるのだ。
「居るかい」
「大丈夫。私は居るよ」
君と一緒ならどこへだって行ける。地獄だろうとどこへでも。
声がする。彼女のものとは違う。男の声。尊大で恐れ多くひれ伏しそうになる。
「ひさしぶりだな魔王よ」
しかしそんな声をものともせずに彼女は勇ましく言う。
「私は二度と会いたく無かったけどね」
「まあそう邪険にするな。今回はお主への褒美しか与えん。我が信徒であった魔王。それを証明する左手の刻印と引き換えに、最後に願いを一つだけ叶えてくれよう」
どこかで聞いた問い。勇者に褒美があるなら魔王にもある。至極当然の事だろう。
握っていた手のひらが逆に強く握り返される
「勇者である彼ともう一度過ごしたい」
「同じような事をそいつも申しておったらしいぞ。お主も魔王の中で一番面白かった。だから少しだけだが融通を効かせてやる」
重厚な笑い声が響く。そして三度目の体の発光。
気が付けばいつの間にか別の場所にいる。
もうそんな事はどうでもいい。横を向けば彼女がいる。握った手を解き、今度は手ではなく体全体使ってを抱きしめる。同じように彼女も。
これは物語。
元勇者の僕と元魔王の君が過ごす物語。
今度は互いに殺し合う事もなく、一緒に日々を過ごす物語。
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