第51話 雪国の怪談 前編
俺はどうして逃げているんだ。
吹雪のせいでこれ以上車での移動は出来ないと思った。
サービスエリアから一般道に出て、近場のビジネスホテルに泊まろうと考えた。
人数のチェックが無い所ならラブホテルでもいい。
そもそもの原因はバッグに入れたガキだ。
どうして部屋に連れ込んだのか自分でもわからない。完全に脊髄反射での行動だった。
じゃあ仕返しに何をしようとした?
その時、背筋に冷たい物が走り、自分の考えが怖くなった。
平穏に解決する案を考えようとしても、もう一人の自分が『殺せ』と囁いてくる。
そうする事で確かに楽になるかもしれない、今は眠っているが、睡眠スプレーも使えるのは数回程度だろう。
本当に、そうしてしまうか?
そんな事を考えつつ、サービスエリアから一般道に出た時、少し積もった雪に足を滑らせてバッグを落としてしまった。
ガキが頭をぶつけたのではないかと心配になり、バッグを開けると、ガキは目を開き、俺をみつめてくる。
てっきり寝ていると思っていたのに起きていた。
このガキは泣かないし暴れもしない、逃げ出すこともない。
自分の状況が理解できていないのか、それとも神経が図太いのか。馬鹿なのか。
この充血の全くない、透き通った綺麗な目が俺を攻撃する。
ガキの真っ直ぐな目というのは、心の汚れた者にとって凶器だと言う事がガキにはわからないのだろう。
口に張り付けたガムテープをはがす。
「暴れない、逃げない、言う事を聞くなら拘束を外す」
「わかった」
拘束というのは手と足に巻き付けたガムテープと首輪だ。
足の方は黒いタイツの上から張り付けたので痛みは無いだろうが、手の方は直接ガムテープを張り付けたので赤くなっていた。
その事についてもこのガキは何も言わない。
ただじっと、腕についた跡を見るだけだ。
正確には口の周りもそこそこ赤くなっているのだが、自分では見えないからわかっていないのだろう。
部屋にこのガキがいた証拠を残す訳にもいかず、リュックと靴は一緒に持ってきた。これが案外良かったのかもしれない。靴が無ければ、ガキが自分で歩けないからだ。
そうして拘束を外し一緒に歩こうと思った時だ、吹雪が一層激しくなり方向を見失った。
建物の明かりも見えない、周りは一面真っ白だ。
この状況に戸惑っていると、ガキが俺の手を引っ張る。
「あっちから、子どもの声がする」
俺には聞こえないが、子どもの声がするなら、民家も近いのだろうから大人しくついて行った。
人が居るなら俺を置いてそっちのほうに逃げれば、俺から解放されるのに、このガキはどうしてそうしないんだ。
「お前…逃げたいとは思わないのか?」
「逃げてもいいけど、ここではぐれたら、お兄ちゃん死ぬよ?」
何を言っている?死の狭間にいるのはガキの方だ。
俺が死ぬなんて話はどこから湧いてでるんだ?
ガキは何故か、どんどん歩く。まるで道がわかっているかのように。
俺は付いていくのがやっとだった。
雪は深くなってきて、足を取られることもしばしばある。
なのに、歩幅も短ければ背も低い、下半身は完全に雪に埋もれているようなガキが雪の中を苦も無く歩いている。
そのお蔭で俺は、どうにか普通に歩けている気がする。
「そこ、右側は危ないよ。崖になってるから、私の真後ろを付いて来て」
その時、右足が踏んだ場所が崩れ落ちた。
何メートルあるのかわからない程の崖がそこにはあった。
叫びそうなのを堪えたが、俺の足は恐怖に囚われてしまった。
崖に落ちそうになった感覚を引きずり、足がすくんでいる。
吹雪がさらに強さを増している中、俺はもう動けないと思った。
「もう少しで着くから、がんばって」
俺は励まされたのか?
もう少しで着くというのはドコに着くのか。
この地形を知っている様な口ぶりだが、ついさっきまでバッグの中に居たのだから、ここがドコか知っている訳が無い。
ダメだ、俺はこのままここで遭難するんだ。
雪原に座り込み、ガキから手を離し、うなだれてしまったその時だ。
べちーん
その音と共に俺の頬に刺すような刺激が走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます