第52話 雪国の怪談 中編

 頬を叩かれた痛みは殆どなかった、俺の頬が感じたのはガキの手の温度。このガキの手がそれほどまでに冷たくなっていたという事だった。


「いいから歩く!ここで座ってたら死んじゃうんだから、そんなのメ!」


 ガキは俺の頬に当てた手で雪をかき分けて進んでいた。手袋もしていない手はどれくらいの痛みを感じているのだろうか。もしかすると既に感覚も無いのかもしれない。

 俺だったらそんなの我慢が出来ない、泣いてもおかしくない。

 本当に、このガキは涙を流す事があるのだろうか。


 俺はどうにか立ち上がり、ガキに付いて歩いた。

 しばらく歩くとガキは振り向き、笑顔で告げた。


「ついたよ」


 目の前にあるのは、山小屋としか思えない建物だった。

 中に入ると温かい空気が充満していたが誰もいなかった。設備は色々ありそうだったが、注目したのは暖炉だ。

 暖炉には火が入っている。

 誰かが居たと言う事だ、そこに希望が見いだした。


 俺は、今ここに居ない家主に感謝して火に当たった。

 暖かい、これほど幸せに思う瞬間なんて、生まれて初めてかもしれない。

 そうだ「ガキもさっさと温まれよ」と言いそうになって、振り向いた時、入口で倒れているガキが目に入った。


「おい、大丈夫か!」


 抱き寄せたガキの体はあまりにも冷たく、頬も手も凍っているように冷たかった。

 急いで暖炉の前に連れて行き、全身で暖気が浴びれるように体を支えた。

 次第に素肌が見えている所はほんの少し温まってきている様だが、どうにも意識が戻っているようには見えない。


 暖かくするには足からという言葉を思い出し、足を暖炉に向けた。

 だが、コートやタイツがあまりにも濡れていた。

 この際だから、濡れている服は全て脱がす事にした、そうでもしないと凍え死ぬと思った。濡れているか確認しながらだったが、結局全て脱がしてしまった。


 中に着ている物は恐らく汗で全部濡れてしまっていたのだろう。

 普通に考えてあの雪道を歩くのは体力を使う。大人なら兎も角、こんな子どもにそれが出来るとは思えない。

 俺の着ている物から比較的乾いている物を選び、ガキに着させた。


 冷たい部位を時々、握ったり俺の胸元に触れる様に抱きしめたりするがいつまでも叫びたくなる程、冷たい。その度、このガキのしてきたことに頭が下がる。


 時間の経過とともに、次第に顔色が良くなってきて俺は胸をなでおろす。


 持ちの物を確認するとガキを入れていたバッグはいつの間にかどこかで落としてしまったらしい。

 ポケットに入れていたスマホは既に電池が切れていた。

 ガキのスマホは電源を切っていたので無事だった。

 起きたらロックを解除してもらって位置情報を確認してもらう。

 常識的に考えればここはサービスエリアの近くにある建物の筈だが、とてもそうは思えない。

 雪の積もり具合といい、崖といい、この山小屋といい、全てが元に居た位置を否定している。


 とりあえず、凄く疲れた。

 少しでも温まればいいと思い、俺の肌着とダウンジャケットをガキに着せた状態で抱き寄せて眠りに落ちた。



 目が覚めると、ガキの姿がどこにも無い。

 俺が着せた服は机の上に畳んで置いてあり、乾かしていたガキの服が無くなっていた。

 逃げたのかと思って外に出ると、無邪気にも雪だるまを作って遊んでいた。


 俺は何故かホッとしてしまった。

 どうやら俺は、このガキにも子供らしい一面がある事に安堵したらしい。

 小屋の入り口前の階段に座り、楽しそうに遊ぶガキを眺めていると、「おはよー」と言って手を振る。それつられて俺も手を振ってしまう。


「どれくらい前から起きていたんだ?」


 ガキは雪だるまを作りながら俺の問に答えた。


「1時間か2時間前くらい?」

「暖炉の火が消えていなかったのは、お前が薪をくべたのか?」

「うん、小屋の入り口の横に置いてあったよ」


 小屋には居る時には無かった。

 誰かが持って来てくれたのか?


「誰か来なかったのか?」

「わかんないけど、ノックの音はしたよ。ノックの音がしたから外を確認したら、薪とおにぎりが置いてあったの」

「全部一人で食ったのか!?」

「半分こだよ。半分はテーブルの上に置いたよ?見なかった?」

「あ、ああ、後で食べよう」

「スマホで誰かに連絡しなかったのか?」

「うん、まだしてないよ。誰かに電話したいの?」


 お前は逃げようとしなかったのかと問い詰めたくなっていた。

 このガキの考えている事はわからない。

 生存本能が無いとしか思えない。

 こんな危険人物オレと一緒にいて良いはずがない。


 ガキは小屋の中に入った。俺も何気についていくと、スマホのロックを解除した状態で渡された。


「電話するんじゃないの?」

「地図が見たかったんだ」


 地図アプリを起動して現在位置を確認すると、現在地は思った通り山の中になっていた。

 近くに道路なんて一つもないが、ここはスキーコースからかなり外れた場所にある事がわかった。つまり、どうにかしてスキー場の駐車場までたどり着ければバスで帰れるハズだ。

 救助を求めれば金がかかる、できれば自力でたどり着きたい。

 だがスキーやスノボの道具もなしに、どうやって山を下りればいいのか皆目見当がつかなかった。


 それにしても、元居たサービスエリアからスキー場の駐車場に行くだけでも車で三時間は軽くかかるような場所に居るというのは本当に謎だ。


 とりあえず、俵型のおにぎりを食べてから考える事にした。

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