第49話 麦村の本領

 俺はイライラしていた。


 鮎の奴が電話に出ない。

 用事なんて10分もあれば済むだろうと思っていたのに、困った奴だ。

 早くこっちに来て、お前も美剣みつるぎさんの相手をしろって言うんだ。


 腹が立ったので、ツイやってしまった。

 大昔にプライベートの侵害だとか散々文句を言われてからしなくなった事。

 それは、鮎のスマホの乗っ取りだ。


 一旦、ハッキング用に俺の部屋のサーバに繋げる。

 そこから、この周辺のキャリア基地局、WIFIアクセスポイントなどをしらみつぶしに取得し、着信情報、移動時間、移動ルートから鮎のスマホのIPアドレスを特定、そこに大体どのスマホにもあるバックドアをぶち開けて乗っ取り完了だ。昔から流行っているメッセージアプリのお陰で乗っ取りしやすくて助かる。


 鮎の携帯からの情報を確認する。音声はあんまり聞こえない、カメラは真っ暗だ、子ども服にスマホが入るポケットは無いはずだから、リュックにでも入れたままなのだろう。


 まぁいい、とりあえずはGPS情報から位置情報を取得する。

 このマンションの三階、位置情報がずれているのか目的地の隣の部屋に居る事になっている。


 どうしてだ?


 周辺の最も近いスマホを検索すると、かなり近くに1台ある事がわかった。

 そのスマホにも侵入してみる。インカメラ(ディスプレイ側のカメラ)を乗っ取ってみてみると、さほど若くもないのにチャラチャラした感じの奴だった。

 その男の事よりも周辺の映像が欲しい。

 カメラを広角にする事で、広い視野を得る事が出来る。

 そうして、見つける事が出来た。


 首輪に繋がれた鮎を。


 どういうプレイなんだ?

 また誘拐されたのか?なんというか、誘拐犯と縁のあるやつだな…。

 ただ、他人の部屋に勝手に入のは簡単ではない。

 侵入するなら国家権力が必要だ。


 俺は自分のPCに接続し、いつものネトゲを立ち上げた。

 そこで、メンバーのログイン情報を確認し、ぐるぐる太陽に個別チャットで話しかけた。


【麦ビール】鮎が誘拐された、助けが要る

【ぐるぐる太陽】またか!何処にいるのかわかっているのか?

【麦ビール】───町の10階建ての赤いマンションの303号室だ。

【ぐるぐる太陽】あそこか、犯人知ってる奴だわ。今すぐ行く。念の為に電話番号とメッセージアプリのIDを教えておく


 20分くらいでたどり着けるそうだ。

 というか、どうして以前にも誘拐された事を知っているんだろうか。しかも犯人と知り合い?どういう関係なんだろうか。

 俺がぐるぐる太陽の素性を知っているのはあまり表立って言えない方法を使ったが、アイツはそうではない筈。

 そんな事は出来ない奴の筈だ。


 しかし、そんな事を考えている暇はない。さらに人手が必要に思えたので潤井うるいさんにも連絡を入れた。

 10分程でこちらに来てくれるらしい。もしかすると後水うしろみずも一緒にくるかもと言われた。

 まぁ、この際、奴にも協力してもらうしかないな。


 そんな状況で、乗っ取ったままの2台スマホから同時に音声が聞こえた。

 そして、鮎のスマホは電源が切られ、残り1台の方からは明確なヤバイ音声が聞こえる。


『むぐーむぐー』

『大人しくこのに入るんだ、俺も暴力を振るいたくない』

『むぐぐぐーむぐー』


 鮎の声なのだろうが、何を言っているかさっぱりわからん。

 きっとガムテープか何かで口を塞がれたのだろう。

 でかいバッグに入れてどこかに移動するつもりなら、応援が来るのを待っていられない。


「美剣さん、娘が誘拐されたんです、一緒に来てくれませんか」

「え、誘拐?え…‥‥ええ、ええっ行きましょう!」


 俺の突然の発言に一瞬は戸惑ってはいたが、事の重大さをわかって貰えた様で最後にはハッキリとした返事になっていた。

 割と心強い人だ。


 俺は美剣さんと二人で3階に移動し犯人の部屋の前に到着した。

 ちなみに、隣の表札は鮎の本名がバッチリ書いてある。

 あの変態の情報に間違いはなかったと、すこしばかり感謝した。


 美剣さんがチャイムを鳴らしたら、ドア越しに声がした。


「誰ですか?」

「10階に住んでいる美剣ですが、少しお話があります」

「今、忙しいんだ、帰ってくれ」


 そう簡単にドアは開けないよな。

 だが、その方が都合が良い。

 ドアを開けれないと言う事は逃げれないと言う事だ。

 逃げれないのならアイツを待っていればどうにかなる。


 そう、思って油断しているとドアが勢いよく開いた。

 不意を突かれた状態になり、その勢いよく開いたドアが美剣さんの顔面を直撃し、よろめいてしまう。

 誘拐犯は大きなバッグを抱えて俺に殴りかかって来た。


「邪魔だ!」

「腕力だけが全てだと思うな!」


 リアル運動神経はこの体になっても変わっていない。

 女になる前もなってからもろくに運動なんてしていないから敵う訳がなかった。

 パンチは辛うじて避けれたが、その後の体当たりによろめいて倒れてしまう。

 せめてバッグを掴んで離さなければ俺の勝だと思ったのは甘かったらしい。


 誘拐犯は階段で降りようとしたところ、タイミングを合わせたようにエレベータが到着する。そこで現れたのは潤井さんと後水だ。


「そいつが、鮎をさらった犯人!捕まえて!」


 だが、その言葉に反応して行動に移るには微妙に遅く、誘拐犯が一気に地上階に降りてしまう。俺も追いかけたが誘拐犯は車に乗り込み、一瞬で駐車場から出て行ってしまった。


 まんまと逃亡を許してしまった。


 だが、誘拐犯のスマホは乗っ取ったままだ。

 位置情報から移動している方向は確認できている。


「追いかけましょう!」


 俺がそう言った時、三階から美剣さんの声がした。


「これを使って!」


 投げられたのは車の鍵。

 これで、追いかける事ができる。

 親指を立てる美剣さんに応じる様に俺も親指を立てる。


 さあ、追いかけっこの時間だ。

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