第47話 おっさん三人が手を繋ぎ歩く

 数駅離れた見慣れない街中の広い歩道を歩いている。

 俺を中心に右手に麦、左手に潤井うるいさん。

 まるで仲のいい親子が3人で手を繋いで歩いている様に見えるだろう。


 事の発端は麦からの提案だった。


「家族としての絆を深めようよ。家族ならしそうな事をやってみたい」

「家族らしい事ってなんだよ」

「3人でお風呂に入るとか?」

「年頃の女の子は父親とはお風呂に入らないんだよ」

「一ノ瀬…父は悲しいぞ…」

「とにかく風呂は却下だ」

「じゃあ何にしよっか」

「俺が一ノ瀬を肩車して、麦村と手を繋いであるくのはどうだ?」

「それなら、鮎を真ん中にして手を繋ぐだけでもいいよな」


 といった具合に決まってしまった。

 風呂に入れられるよりかはマシだと思って付き合ってるという状態だ。

 というか、実は40歳前後のおっさんが3人で手を繋いでるんだよな。

 いやいや、元の姿で想像するのはやめよう。精神的に来る。


 だが、どうでもいいけど、コレ、めっちゃ恥ずかしいんだよ。

 周の人が微笑ましい顔ですれ違う。

 麦が可愛いから反応されているのか?麦の見た目年齢が20歳として、俺の年齢が5歳だとしたら、15歳の時の子どもか…。

 それって、潤井さんの犯罪臭がひどいくないか?

 周りの目がそういう物かと思うと、急に視線が痛くなってきた。


 まぁ、その言い訳を考えるのは俺じゃない。

 頑張って考えてくれ。


「嫌がるかと思ったけど、案外、鮎も役になりきるんだね」

「え、ち、違うっ、俺はお前たちの橋渡しをだな…」


 その時、不意に聞きたくない声がした。


「あー、潤井さんじゃないっすかー」


 その声に三人が冷や汗をかいて振り返る。


「や、やあ、後水うしろみずじゃないか、こんな所で会うなんて偶然だな」


 まさかの後輩の登場だ。

 誰もが会社の人間と会うとは思わなかった。

 更に都合が悪いのはコイツの口の軽さだ、明日中に社内に噂が飛び交う事、間違いなしだ。


「うぇーいっすっ、もしかして奥さんとお子さんですか?あれ?結婚していましたっけ?」

「あ、あ、あ……、ああ、そうだ。そうだとも」

「初めまして、潤井さんの後輩の後水です」


 後水は麦の両手を取り握手をする。

 麦も引きつりながら愛想笑いで対応する。


「奥さん、よく見ればとんでもなく若いっすねっ。俺より年下じゃないですか?」

「ソウ、カモ、シレ、ナイ、ナ」


 うっわー、潤井さん、カッチカチだな。

 嘘つくのとか下手そうだもんなぁ…。

 と、思っていたら今度は俺をターゲットを合わせてきた。

 ちゃんと、目線を合わせてから話しかけてくるのは少し偉いなと思う。


「お子さん、ちっちゃいっすねー。お名前はー?何歳でしゅかー?」

「い……あゆ。5さいです」

「すげーっ、ちゃんと言えるの偉いっす、偉い子にはアメちゃんあげるっすよ」

「ありがとー」



「それで、どこ行くんすか~?よかったら近くでメシでも食わないっすか?」

「ああ、今日は急いでるからな、ささっ、お前はお前で用事があるんだろ?じゃ、じゃあな、また明日、会議で話そう」

「了解っす」


 そうして別れた。

 俺らが5mほど歩くまで、後水は立ち止まってずっと手を振っていた。

 だが、そこからが問題だった。後水は5m程の距離を置いて付いて来る。

 目的のマンションは目の前だというのに。


 なんとなく嫌な予感がしたとき、潤井さんが振り返り、後水に声を掛けた。


「もしかしてお前の目的地ってそこのマンションだったりするか?」

「あ~、よくわかったっすね。そうです。彼女がそこに住んでいるんで会いに行くとこなんっすわ」

「そうかぁ、さっき言ってたメシってそこの、コーヒーチェーン店のつもりだったか?」

「流石潤井さんっよくわかったっすね、朝食べてなかったんで食べてから行くか悩んでいたんっすよ」


「(おい、二人でさっさと用事を済ませて来てくれ、俺は後水を足止めしておく)」

「(わかった)」


 後水とコーヒーチェーン店に入って行く後ろ姿をみて俺は思った。

 お前の死は無駄にはしないぞ、と。


「さて、目的が3階なら階段で行くか」


 エレベータが10階にたどり着いた所だったから、階段で行こうという話だ。

 俺も麦の言葉に同意した。この体で三階って結構な重労働なんだが、問題はない。体を動かすのにも慣れが必要だし、体力はつけておきたいからな。


 元の体で全力で走って昇るよりかは体力を使うが、まだ許容範囲だった。

 着こんでいることもあって、多少汗が出る程度に運動した気分になった俺は、三階の到着ですがすがしい達成感が体に満ち溢れていた。10階だったらもっと風が気持ちいだろうな。


 そんなタイミングで、上の階から降りてくる足音がする。


「あれ?あゆちゃん?」


 なんでこんなところに、みつる君のお母さんが居るんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る