第5話 嬉しい提案

 それは彼女からの提案だった。


「一緒に暮らしませんか?」


 その提案は俺にとってあまりにも都合の良い申し出だった。

 例えるなら電気ポットの水の補充もままならない状況で一人での生活はままならないと肌で感じ取っていたからだ。


 今の俺の身長は110cm。


 ゴーゴル検索してみると、それは小学1年生女子の平均よりも小さいらしい。

 それにお風呂に入るのにも一人じゃままならない。

 特に髪の毛のケアとかわからなさすぎる。髪の毛は切るという選択肢もあるがそれは笹原さんから猛抗議を受けてしまった。

 切らない代わりに一緒にお風呂に入ってくれるらしい。

 なんというか願ったり叶ったりだ。


不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします」


「ふふ、なんだか嫁入りみたいですね。私、子どもの相手するの結構好きなんですよ。ですから、その姿のままでも良いと思っています。一ノ瀬さんに好きな男性ができたら諦めますけどね、ふふ」


「やめてくれ、俺が男を好きになる訳がないだろ」


 結局、二つの部屋は借りたままにして、彼女の家の方で暮らすことにした。

 なんといっても俺の部屋で必要な物は個人のパソコンと仕事のパソコンだけだ。

 服なんかは一切使えないんだし、その他の物も彼女の部屋にある物で十二分だ。


 彼女も俺と同じ業種らしく、自宅勤務テレワークで仕事をしている。

 お互いの会議の時間が重なるとマズイが、その時は俺は自分の部屋に戻るのも手だと話した。


 問題はそれ以前に俺の声が元の声と違いすぎる事だ。

 最低でも一日二回、朝と夕方に進捗確認がある。

 それさえ乗り越えれば、普通に仕事して給料がもらえる。


 彼女からは仕事を辞めてもいいという提案もあった。

 だが元の体に戻って本格的に付き合い始めた時、俺が無職だと立つ瀬がない。

 だから、どうしても仕事を続けたいんだ。


 さっき電話で後輩に『声が出ない』という素晴らしい言い訳をしたお陰で明日も休めそうだ。残る課題はボイスチェンジャーでおっさんの声を出せれば完璧だ。明日が待ち遠し。



「晩御飯はなににしましょうか。お買い物行ってきますよ」


 色々と決めごとを考えたり思いを伝えあっている内に午後三時になっていた。

 晩御飯の食材の買い出しにはすこし気が早いのでは?まぁいいか。


「笹原さんの一番得意な料理を食べたいな」


「わかりました、じゃあ大人しく待っててくださいね」


 俺も付いていくって言いそうになったけど、よく考えれば外着が無い。

 次に外出できるのはいつになるだろうか。


 待っている間の時間潰しになるような趣味はゲームくらいしかない。

 俺の部屋にあったゲーミングパソコンは、既に笹原さんの部屋こちらに持ち込んでいる。

 椅子に座らなくても使える様に背の低いテーブルにモニターやキーボード、マウスを設置してもらった。今まで使っていたゲーミングチェアは体のサイズに合わなかったから床に座って使える様にしてもらった。


 こういう使い勝手の事も全て笹原さんが考えてくれるう。

 俺は力仕事もできないのに考えることまで任せてしまった事に少し心がちくちくする。


 趣味のゲームというのもMMORPGで、月一万程の課金で遊んでいる。

 彼女ができたのなら、これも辞めるかもしれないと思いつつログインすると、平日だというのに所属ギルドのメンバーが十人程ログインしていてチャットでワイワイと会話している。


【ぴちょん様】ぴちぴち鮎がこんな時間にインするなんて珍しい。

【ぐるぐる太陽】麦ビールが一緒じゃないのも珍しい。

【ぴちぴち鮎】麦はしらん、俺は気が向いただけだよ

【炭酸電源】ヒーラー来た!新ダンジョン行こうぜ

【ぴちぴち鮎】じゃあ、パーティ申請してくれ。


 ぴちぴち鮎はゲーム中の俺のキャラクターの名前だ。親友の麦村が勝手に名付けた。ちなみに麦ビールと言うのは麦村のキャラクター名だ。


 次々と申請が来るのを承諾していく。

 そして、ダンジョンに移動して狩を始める。

 俺のキャラクターはヒーラーで、みんなのHPが途切れないように回復し、余裕があれば身体強化バフを皆に付与するというのが役割だ。激戦になるとかなり忙しく、プレイヤースキルが試される。


 今から行く新ダンジョンも忙しくなる。だけど、俺のプレイヤースキルがあれば余裕でクリアできる。



 はずだった。

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