第4話 バレるの早くない?
「あゆちゃん、正直に言って欲しいんです。一ノ瀬さんはどこにいるんですか?」
何かすごく思い詰めた表情で問い詰められている気がする。
「それは…本当にわからない」
「それ、一ノ瀬さんのスマホですよね、パスコードまで教えてもらってたの?」
あぁ…、完全に疑われている。
明日、明後日くらいに元の姿に戻る保証があるのなら、ここで嘘をつき通すのも手だ。だがこれ以上笹原さんに嘘をつきたくはない、信じてもらえるならありのままをぶちまけたい。
俺は嫌われる事を覚悟しつつ正直に答える事を選んだ。
「俺が…、一ノ瀬、歩…なんだ」
「そう…なんですか」
「信じるんですか?」
「まだ半信半疑ですが、とりあえず…」
「とりあえず?」
「電気ポットを片付けちゃいましょう」
ポットは口大きく開いたまま、寂しく床に横たわっていた。
そしてこぼれたお湯は既に冷たくなって床が濡れたままだ。
そうだな、うん。確かにこれが先だ。超忘れてた。
二人とも黙々とこぼれた水分を拭き取る。
大方、拭き取りが終わったと思った頃、笹原さんが呟くように口を開いた。
「あの、本当に一ノ瀬歩さんなら初めて会った時の事を覚えていますか?」
「えーと、引っ越しそばを持って行った時ですか?」
「違います、もう少し前です」
違ったらしい。
もっと前?いや、そんな記憶はないな…、無いよな?
「覚えていませんか?」
「すみません、覚えてない…ですね、何かヒントを貰えないかな?」
「ヒントですか…、満員電車…痴漢…開かないドア」
「あ、壁ドン!」
「正解ですっ」
思い出した。
満員電車で痴漢に遭っていた女性が逃げ場を失った所を俺が無理矢理割り込んで妨害し「大丈夫?」と声を掛けた。
その女性が振り向きお礼を言い出しそうになった時、俺は後ろから強く押されて壁ドンしてしまった。
俺は動揺してろくに相手の顔を確認していなかった。
その女性は次の駅で軽いお辞儀をしてそそくさと逃げる様に立ち去った。
今ならわかる。あの時の女性が笹原さんだったんだ。
「ふふ」
「はは」
「そっか、あの時の」
「はい、あの時はありがとうございました。言い出す勇気がなくて今になっちゃいました」
「まぁあれは、当たり前の事をしただけだよ」
「これで一ノ瀬さんだ言う事は信じます。半信半疑が全信無疑になりました。でも、どうしてそうなったのですか?」
「それがわかれば苦労しないんだよな」
俺がその言葉を言い終わる前に、笹原さんは
よくよく見ると顔が…耳までも赤くなっていた。
「つまり、私は…、一ノ瀬さんと一緒にお風呂に入った…という事ですか」
やはり怒ってしまうか。そうだよな、見た目幼女でも俺に裸を見られただけでも嫌悪物だよな。
なんだかいい雰囲気だったのに、笹原さんとの関係も最早これまでなのか…。
「あの、ごめ──」
「謝らないで!お風呂件はお互い様なので…。はしたないと思われそうだけど、むしろ嬉しいと言うか…。その……、一ノ瀬さんの事が好きなので…」
へ?裸を見られて嬉しい…?
いいやきっと語弊があるに違いない。
それより重要なのは笹原さんが俺の事を好きだとハッキリ言った事だ。
これはチャンスだ、乗るしかない、乗るしかないぞ、このビックウェーブに!
「じ、実は、俺もっ」
ああ、傍から聞けば調子がいい男の様に話に乗っかってしまった。
「あの、元の姿に戻れたら、改めて告白してもいいですか?」
「はっはいっ、勿論です、絶対責任取ります!」
あああ、てんぱって言い過ぎたか。責任はちょっと気が早すぎる。
そんな事は気にしないと言う感じで、笹原さんは俺の小さな両手を握り「ありがとうございます」と言って涙ぐむ。
俺の方はというと、今すぐ感激の舞を披露してしまいそうなくらいに嬉しい。だが涙が出る程ではない事に、すこし温度差を感じた気がした。
俺からの感情は憧れていた程度で恋愛的に好きだと思ったのも今日が初めてだ。
笹原さんは違う、蕎麦からか壁ドンからかはわからないが以前から俺を思ってくれていた感じがする。その思いが叶ったから涙が出た。そう考えよう。
贅沢を言えば、元の姿の時にこの状況になりたかったという事だな。
だがこの時、俺は笹原さんの本心を半分しか理解していなかった。
まさか俺があんな屈辱的な目に遭うとは…。
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