第3話 一緒にお風呂に入れるという役得

 お風呂が沸くまでの間に濡れたシャツを脱がされて裸で毛布に包まった。

 そこで下着も履かずシャツ一枚だった事にドン引きした笹原さんは今ここに居ないはずの俺に対して怒りをぶつける。


「も~、シャツ一枚なんてどういう事かしら、後で一ノ瀬さんに説教ね!」


 それから一緒にお風呂に入った。

 当然だがお互いに全裸だ。笹原さんの全裸が見れるなんて幼女なった事を感謝せねばならない。それにしても笹原さんの胸は服を着てても大きいと思っていたが脱ぐと更に凄かった。

 スタイルもいいのにどうして誰とも付き合っていないのか聞きたいくらいだ。


 頭を洗ったあと髪留めを付けてもらった。その後体を洗ってお風呂に入る。

 やっぱり髪が長いのは面倒だ。


 このマンションの湯舟はかなり大きくて大人でも女性なら足がのばせる。

 一緒に入ったおかげで俺の背中に笹原さんの胸の弾力が伝わってくる。なんという至福だろうか。

 ずっとこのまま幸せな気分を味わっていたいと思う程の天国だった。


「ところで、一ノ瀬さんはドコに行ったの?」


「し、知らない~」


「そういえばお名前聞いてなかったね。私は笹原彩月ささはらさつきっていうの、あなたは?」


 な、名前!?考えてなかったぞ。何っていう?えーとえーと。


「一ノ瀬…あゆ…」


「あゆちゃんかぁ、可愛い名前だねっ」


 やぱかった、思わず馬鹿正直に本名を言いそうになった。焦るじゃないか。


「いつまで、一ノ瀬さんの部屋に居るの?」


「わ、わかんない」


 一問一答。正体がバレた時の事を考えるとあまり嘘をつきたくない。

 そもそも一緒にお風呂に入った事がばれたら間違いなく嫌われる。


 ここは誠実さが必要か。


 俺が一ノ瀬歩だ!って言って信じてもらえるだろうか。

 まず信じてもらえないだろうな。


 かなり分の悪い選択肢だ。

 本当の事を言っても信じてもらえない、嘘を言ったらバレた時に嫌われる。

 これって八方塞がりじゃないか?


「今、小学生?幼稚園?お母さんは?」


 疑問に思うのも尤もなんだが、その答えを俺も持ち合わせていない。

 なんと答えればいいんだ?無難な答えが出てこない、どうしようか、えーと…。


「あ、質問しすぎたね。ごめんごめん、じゃあお風呂あがったら、ココア飲もっか」


 ココアはあんまり好きじゃないんだよな。

 できたらコーヒーがいい。子どもがコーヒー飲むのはおかしいか?

 そういう子どもがここに一人いてもおかしくないよな?言ってみるか。


「こーひーがいいかな」


「へぇ、大人だねえ。じゃあお風呂上がったらすぐいれていあげるね」


 入れる?淹れる?どっちだ。豆を挽くところから最高なんだが、まさかね。

 それにしても笹原さんの言葉は気遣いと優しさがひしひしと伝わってくる。天使過ぎないか?

 これはいいお嫁さんになる、俺が保証する。


 そうしてお風呂から上がると、着替えはパーカーを用意してくれていた。

 少なくともシャツよりは暖かくて助かる。

 だが未だに下着はない、さすがの笹原さんも女児パンツは持っていない。って当たり前か。


 それにしても湯上りの笹原さんは色っぽい。元の体でこのシチュエーションだったら絶対我慢できない自信がある。以前からいいなぁとは思っていたが、改めて思った、俺は笹原さんが大好きだ結婚したい。いや、まずは男に戻るのが先か。


「で、本当にコーヒーでいいの?」


「うん、大丈夫」


 結局、コーヒーはインスタント物だった。

 少し残念に思いつつ、テーブルの上に置かれたコーヒーを飲もうとすると慌てて止められた。


「砂糖もミルクも入ってないよっ、ほら砂糖は何個入れる?」


「要らないよ、大丈夫」


 そして一口飲んだ。

 んぐっ


「熱っ」


 そして苦い!

 全然飲める気がしない。この時、俺がどんな顔をしていたのかは、笹原さんの反応でなんとなく分かった。きっと凄い顔だったんだろう。


「あはははは、やっぱり苦いよね~。もう、あゆちゃん、大人ぶっちゃって~」


 舌までお子様になってしまったようだ。



 ててててんててててててんってんっ♪


 どこからか微かに着信音が聞こえる。

 どこだろう?笹原さんの携帯の着信音かな?


「誰の電話かなぁ、なんだか隣から聞こえるような…」


 え、笹原さんの携帯じゃない?って事は俺のスマホじゃないか。

 急いで取りにいかないと!


 ばたばたと俺が部屋に戻ろうととしたのを見て笹原さんも付いてきてしまった。

 俺の部屋に戻ると思った通り、俺のスマホが着信アリになっていた。


 スマホのロックを外して、発信者を確認すると後輩の後水からだった。

 何があったのだろう?とりあえず折り返し電話をかけてみた。


 それは条件反射というのだろうか。うっかりかけ直してしまった!

 幼女声で話したら何言われるかわかった物じゃない。


『せんぱぁ~い、コロナッスか~?咳出ています~?』


 どどど、どうしよう。このままブチっと切ったらどうなる?いや、それが最善か。

 スマホを手に迷っていると、笹原さんが横からスマホをすっと取り上げる。


「あの、隣の者なのですが、一ノ瀬さん風邪で声が出ないみたいなんです。回復したら電話するように言っておきますね」


『え、もしかして先輩の彼女ッスか!?まじでっ!あの先輩が???スゲー!あの、お名前を』


 ピッ


 笹原さんの容赦のない通話終了ボタン押し。

 毅然とした態度に、痺れる!憧れる!

 俺は少し安堵したが、それも一瞬で吹き飛んだ。


 なにやら笹原さんの様子がおかしい。

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