宛名の無い手紙
詩野ユキ
第1話
dear -
街には沢山人がいたよ。初めて見るものもあって、目移りししすぎて目が回ったよ。
生きていくには働かないといけない。心配しないで僕は一人で生きられるから。だから僕は働くよ。
大丈夫。ほら、近くのファミリーレストランが雇ってくれた。明日は朝9時に出勤だって。頑張るよ。
月日が過ぎた。僕は毎日を生きているよ。まだあのファミリーレストランランで働いてるんだ。
この街に来てから、色んな人に出会ったよ。笑顔が可愛い人。目つきが怖い人。背が高い人。太っている人。喧嘩っ早い人。本当に沢山の人がいた。皆んな全然違ってた。けれど皆んな優しかった。最初は怖い人もいたけれど、僕が不安気にしていると、温かい手で優しく背中をさすってくれるんだ。そんでもって、耳元で、大丈夫だよ大丈夫だよって、穏やかな声で囁くの。
本当に皆んな、優しいよ。
だからね、何も悪くないんだ。周りは優しさに溢れてて、僕は泣いて感謝をしないといけないぐらいに幸運に恵まれてる。今にも、手を重ね合わせて天に感謝を捧げないといけないぐらい。
だから可笑しいのは僕なんだ。
時々ね、僕の心は金切声をあげる。
皆んなは優しい。穏やかで心落ち着くオーラを纏ってる。感謝しても感謝しきれないぐらい慈愛に満ち溢れてる。
でも少しだけ、みんなが放つ光は眩しいんだ。
時々目を開けていられないことがある。仕事を終えて家に帰ると、薄暗くて、冷たい部屋が僕を静かに迎え入れる。部屋の角で膝を抱えて丸くなる。
僕の胸の中はこの部屋みたいに真っ暗なのに、その光は僕の網膜に照つける。痛いくらいにジリジリと瞼をこじ開けて照らしつけるんだ。眩しい。眩しい。眩しいよ。どうしてそんなに眩しいの。
いつまでも同じものはない。時間と共に街は姿を変えていく。僕が働いていたファミリーレストランがあったでしょ? 実はあれ、なくなちゃったんだ。言うのが遅れてごめんね。実は結構前のこと。でも、心配しないで僕は今ちゃんと働いてるから。僕は毎日生きてるよ。
心配しないで。心配しないで。
僕はにこりと口角を吊り上げて、今日も必死に笑顔を作る。
宛名の無い手紙 詩野ユキ @shinoyuki
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