第6話 古事記の国生みは恥ずかし過ぎる



 ハルヒとオレ、ふたりで最初に作った土地、ホノゴロ島に泉が湧き、結構な広さの池になった。天界作りの次の仕事としては、御柱みはしらを立て御殿を建てることだが、夜露を凌ぐ小屋はある。急ぐこともないかと骨休めすることにした。




 ショボショボと緑が生え始めた池辺りに肘をついて、オレは景色を眺めた。というか、正直、オレの女を見ている。




 そのハルヒはと言えば、腰まで池に浸かって水飛沫を上げていた。


 転生して初めての大量の水――生活用水はオレが魔法で作っている――だからはしゃぐのは分かるが、天真爛漫すぎないか?




 ローブは着ているが、濡れてぴたっと素肌に張り付いた今の状態のほうが、全裸よりよっぽどヤバいということが全く分かっていない。




 オレとハルヒはここ第89天界の魔王と嫁、イザナギ・イザナミ神のようなものだと思って欲しい。天界とは現世から見れば死後の世界だが、その現世はこっちから見れば第16天界。新旧はあるがどっちが偉いという序列はない。パラレルワールドのように並立している。


 死んだら他の天界に移る。輪廻してどの天界に行くのも自由だ。赤子から始める者、好きな年齢を選ぶ者、いろいろ。




 ハルヒは死んだ瞬間の高2の身体。オレの目の前には垂涎モノのハルヒの濡れ姿があるってわけ。




 この第89天界はまだオレたちふたりっきりだから人目はなく、良いといえば良い、のか?


 いや、悪いだろう?




 オレたちは、島は作ったがまだ次の段階に進んでいない。


 立派な御殿を建ててその中で、「おまえの身体、どうなってんだ?」って訊かなきゃなんないんだぜ? そんな見え見えな質問できるかよ。


「足らないところがあります」「オレのは余ってる」


「「じゃあ?」」


 って恥ずかし過ぎだろ!




 ハアハア、深呼吸だ、オレの理性次第なんだから。 


 別に先例に倣う必要ない。この場でガバっと行ってもいい。


 だが相手はハルヒだ。急には無理だろう。ババアというか斎院というかの道徳観念を持った、曲がりなりにもあのひとの生まれ変わりだから。




 それにしても、だ。


 オ・レ・は、おまえをお預けにされてもう、820年たってるだろがぁっー!!!




 叫び声を心の中にしまっておけただけ、オレ、偉い。




 何せこのオレは、ハルヒの前世の前世のそのまた前世の、数えきれないくらい前世の女に惚れて、その情念の塊として虜囚となるしかないと言われたんだ。


 魂に籠った情念が強すぎて魔力を帯び、普通の転生などできるわけがない。何もない白い部屋に蟄居して、情念が潰えるのを待てと。




 15歳という成人したてで天然痘などに罹り、醜いあばた面になった自分の身体は取り上げられた。まあ、呼吸器系が酷く壊れてもいたし。


 そして、後顧の憂いを持った一般の死者の手助けをしろと。




「後顧の憂い」って何だ?


 最初はわからなかった。だって、オレの想いびとは先に逝っちまって、オレはその後40年も生き恥を晒さなきゃならなかったんだ。オレに妻子はあったけれど、初恋のあのひとと比べたら、どうとでもしてくれという気持ちで。




 身分違いだったあのひとに近づこうと、彼女が死んでからも任官に努力した。あのひとへの想いを限りない和歌にしたためた。あのひとの歌を一つでも多く勅撰集に遺そうとした。


 唯美の詩人、言葉の魔術師と呼ばれようとも、生きてても死んでても、オレの想いは届きやしない。




 オレが囚われていた白い部屋に新しく死んだ人が訪れる。大抵何か、心配事を持っていた。家族のこと、恋人のこと、城のこと、田畑のこと、いろいろだ。


 それを取り除くのが「後顧の憂いを断つ」ということらしかった。


 そいつが死んだ世界に行って、少しだけ魔法を使うことにした。現世からみれば心霊現象だ。




 相手のために行動するととても感謝されて、ついでに「思いやりのお返し」が来る。


 自分の身体が少しずつ実体化したんだ。最初は顔だった。


 死ぬには早すぎただろういたいけな女の子が、「お話しにくいからお顔欲しい〜」と言っていたかと思うと、現世の母親に薬草を渡した直後に、オレに顔ができた。


 ハルヒに会うまでは目に光のない、気合の入った仏頂面だったらしいが。


 オレは自分のこと、自分の恋のことばかりに雁字搦めだったのだろう。生前、周囲を労ることを疎かにしていた。そう悟ったら閻魔大王から念波が来た。


「自分より他人を思えるようになった暁には魔王として解放するから、魔力を活かして新しい死後の世界を創れ」と。


 オレはハルヒを得て、晴れてふたりでこの第89天界を創ることになったわけだ。




 先ほど、池の水面に顔を映して驚いた。思ったより若くていい男だ。ハルヒが気に入ってくれてるからブサメンでも構わなかったが、まあ見て気持ちがいいに越したことはない。




「ダン〜、寒くなってきたぁ」


 ハルヒが甘え声を出す。


「全部脱いでこれ羽織れ」


 ハルヒが着れば身体をすっぽり隠せる、羽織型のオレの上着を投げ渡して、着ただろうところで後ろから抱きすくめる。


「温めてやるから……」と囁いて横たえておいて足を絡めた。


 ハルヒは抵抗するでもなくオレの腕の中に納まって胸に頬を寄せる。


 愛しい。




 魔法を使って髪だけは先に乾かしてやった。後は身動き取れないようにオレががっちりホールドしている。触れ合ったところがほかほかと温かい。


 オレの「成り余れる処」がどうにかなりそうだが、身体を離すつもりはない。




式子のりこ……」」




「のりこって誰!?」


 ハルヒはものすごい形相で起き上がると、零れた胸を隠しもせず上着をたなびかせて、小屋に向かって走り去った。




 

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