第5話 愛されちゃってるぽい。



 そこまで落ち込まれたら悪いのは私のような気がして、何とか話しかけてみた。


「魔王さんは昔の人なの?」


 ついでに、アンタじゃ失礼っぽいから「魔王さん」と呼んであげた。


 相手はすっと立ち上がって徐に目を合わせてくる。



「まあ魂はな。だが決めた、おまえの質問全部答えてたらキリがない。質問は代わりばんこだ。おまえの裸は見ていない。まだな。気持ちとして制服を脱ぎ捨てろと言ったんだ、さもないと現世の学校に縛り付けられるから」




 真面目な顔をすると最初会った時の恐さが舞い戻ってくる。身体が硬直するからイケメンさんには微笑んでいてほしい。




「じゃ、こっちから質問だ。オレのことどう思ってんだ?」




「エッ?」


 私は急に狼狽えた。質問されるってこんなにドギマギすることだったっけ?




「あ、あなた……のこと? 大変、そうだなって……わ、悪い人……でもないかな、くらい……」


 あなた、と呼んでしまって妙に照れる。


 魔王さんは満更でもないとふわりとニヤけた。




 おずおずと自分の質問を口にした。


「あ、あの、第89天界ってどんなとこ?」




「ハハハッ、まだない。オレとおまえで作るんだ。古事記みたいにって言ったらわかるか? でき上がったら好きなヤツ呼んでいい。これから死ぬ人でも既に死んで他の天界に居る人でもな」


「ほんと? 将来、芽衣にも来てもらえる? 去年死んだお祖母ちゃんも?」


「ああ」




 実はよく笑う人なんだと思った。それもいろんな笑い方で。表情が戻ってからずうっと、私には大抵笑いかけてくれてる。




 もしかして……この笑顔を信じていいのかもしれない。


 どうせもう死んでいる。地獄に行くわけじゃない。




 この人のこの笑顔を頼りに新しい世界を創る。


 できるような気がしてきた。




 魔王さんは私の前に左膝をついて私の右手を取った。


「オレについてきてもらえないか? 伴侶として」


 手に話しかけられた。




「綺麗な手だ。そしておまえの心がどれだけ清いか、オレはよく知っている……」


 動悸の合間に私がやっと声を出そうとしたら魔王さんが被せてきた。


「オレの下半身はおまえの望み通りにできている。きっと気に入る」




 パァンと手を振りほどいていた。


「もう、知らない!」


 ロマンチックなところでどうして雰囲気ぶち壊すの?




 顔色隠そうと背を向けたら、肩の高さに男の両腕が絡まった。魔王さんが私の頭の天辺あたりに顔を埋めて囁く。


「好きだ……ハルヒ。おまえが来てくれてよかった……」


「うん……」




 そっと身体の向きを変えられて口唇が合った。


 私のファーストキスは第89天魔王さん。




「ね、ねぇ……、なんて、名前……?」


 魔王さんはもう一度しっかりキスしてから答えた。


「ダン・ナサーマだ。それでいいだろ?」




 白い部屋は丸い発光体に形を変え私たちを包んで宙に浮いていた。足下には昏い、どろどろとした海。


 ちょっと怖くなって隣を見ると、ダンは微笑んでいる。左腕に抱えたぶっとい矛を見せて肩をすくめた。




「ああ、これでいいんだ」と私は思って微笑み返した。




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