第九章 これから

 中須の事件から一週間が経った。


 ――警察病院の病室――


 今回の任務で負傷を追った瑞希は、警察病院に運ばれ治療を受けていた。

 腹部を撃たれた瑞希、急所は外れていて命に別状はないが、全治二か月を診断された。

 航平も銃弾を受け、さらに骨折、その他いろいろと負傷し、全治三か月と診断された。

 瑞希はそのまま病院に入院したが、航平は止める医者を振り切り三日で強引に退院し、所轄の仕事に戻った。骨折くらいで休んではいられないと言って。


「瑞希、大丈夫か?」


 瑞希が入院する病室に、航平が花束を持ってやって来た。


「ありがとう・・・」


 瑞希は花束を受け取ると小さく笑みをこぼした。

 花束なんてもらったことのない瑞希は、素直に喜んだ。


「どうした? 痛むか?」


 しかしすぐに浮かない顔に戻る瑞希に航平が問う。


「ううん・・・ なんか、気持ちが重くて・・・」


 今回の任務で色々なことがあり、自分たちの様な潜入捜査官の、また新たな秘密も知ってしまった瑞希は心を痛めていた。

 由咲の父親のこと、それによって由咲は心を病み、辛い人生を送って来たこと。自分たちは、潜入捜査官の先輩たちが亡くなった保険金で生きていたこと。十五歳の瑞希には、とても抱えきれるようなことではなかった。


「瑞希、辛いか?」


「うん・・・」


「死にたいか?」


「・・・うん」


 瑞希はそう答えると、涙をぽろぽろと流し始めた。


「瑞希、おまえに会わせたい人がいる」


「えっ?」


「どうぞ、入って来てください」


 航平がそう言うと、航平の友人、加絵に車椅子を押されて一人の女性が入って来た。


「お母さん・・・」


 それは瑞希の唯一の家族、瑞希の母親だった。


「瑞希、ごめんね・・・」


「お母さん・・・ 私のことが、わかるの・・・?」


 すると母親は涙を浮かべながらニコッと笑みを浮かべた。

 瑞希の母親は父親の自殺によって精神的に病んでしまい、瑞希のことすらわからなくなっていたのだ。


「わかるよ、瑞希・・・・」


「お母さん・・・ お母さん、お母さん!」


 瑞希はベッドの上から体を乗り出す。それを見て航平が上手く立てない瑞希の体を支え、母親の元まで誘導した。


「お母さん・・・」


「瑞希、ごめんね。苦労かけて、本当にごめんね・・・」


「お母さーん!」


 瑞希は母親の胸に飛び込んだ。今まで甘えられなかったすべてを吐き出すように、必死に母親に抱き付き、思い切り泣いた。母親はそんな瑞希の頭をやさしく撫でた。


「瑞希、お母さんも頑張るね。瑞希に心配かけた分、これからたくさん頑張るからね」


 瑞希は母親の誓いがただうれしくて、「うん、うん」と頷いた。


「お母さん、これからはいつでも会える?」


「もちろん。いつでも来て」


「うん!」


 母親はすぐには病院を出られないだろう。病状が回復するにはまだ時間が掛かり、カウンセリングも行っていかないといけない。

 しかしこれからはいつでも会いに来られる。瑞希はそのことだけでも、生きる大きな力となった。


 瑞希は今まであったこと、辛かったこと、苦しかったこと、大変だったことすべて話した。幼い子供が母親を頼るみたいに。その時だけは、瑞希も普通の高校生に戻っていた。




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