その頃、廃棄物室へと落とされた航平は、中須から逃げていた。

 三階くらいの高さから落とされても生きていた航平。しかし着地する時に由咲をしっかりと庇い、由咲は無傷。しかし航平は左足を骨折した。


「まさかあの高さから落ちて、由咲を庇いながらその程度の傷で済んでいるとは・・・ あなたは化物ですか?」と、中須は呆れた表情を見せる。


「さぁな。運がいいんやろう」と、航平。


「しかし、この高さで死ぬと思ったんですかね? あの方は・・・」中須は上を見上げながら、この策を立てた梅沢の浅はかさに呆れていた。


「まぁ、俺が殺せばいい話なんですけど」と、中須はそう呟く。


中須は航平たちを殺しに掛かって来る。航平は瑞希との約束、由咲をどうしても守らなければいけない。しかし状況は最悪。航平の体はすでにボロボロ、右肩は拳銃で撃たれ、左足も骨折している、正直立っているのがやっとだ。


「なんで? なんで私を庇ったの?」


すると由咲が口を開き、航平に問う。


「それは・・・瑞希と約束したからや、君を必ず守るって」


「瑞希と・・・ 馬鹿じゃないの? なんでそんなこと・・・ 私は瑞希を恨んでるのよ? 殺そうとしたのよ? それなのになんで?」


「瑞希がそう望んだから。君を救いたいと、そう望んだから」


「わかんない、なにそれ?」


「瑞希はな、君のことをほんまの友達やと思ってんねん。だからほんまに心配してた、君のことを」


「瑞希が・・・?」


「ああ。瑞希は君の事が大好きなんや」


 航平は由咲の方を見て、真剣な眼差しでそう言った。瑞希が由咲のことを大切に思っていることを、ちゃんと伝えたのだ。


「なんで・・・」と、由咲の目から涙がこぼれ落ちる。


「君・・・ ほんまは瑞希のことが好きなんやろ?」


「えっ?」


「ナイフを持って襲いかっかった時、君には躊躇いがあった。そうじゃなければ俺が庇う前より早く、瑞希を刺していたやろう。それにその涙・・・ 嘘やないやろ?」


 航平の言葉に驚いたように目を見開く由咲。


「・・・・・ そうよ、私は瑞希の事が好き、大好きよ! 一緒にいると復讐の事なんて忘れそうになった、このまま友達でいたいと思った。でも復習を目標に生きてきた私に、今さら復讐をやめられない・・・ それがすべてだったから!」


 由咲はそれだけを生きる糧としてやってきた。それなのに瑞希を恨まなくなれば、復習をやめてしまえば、由咲には生きる意味がなくなる、そして居場所もなくなってしまう。だから由咲は必至で瑞希のことを恨んで来た、心変わりしないよう、いつも心に言い聞かせて来たのだ。


「今からでも遅くない、復習なんてやめて、友達になればいい」


「無理よ!」


「無理じゃない。今のことを瑞希に言ってやれ。そうしたら瑞希はとても喜ぶから。瑞希は君が大好きなんや」


 航平は瑞希の本当の気持ちを由咲に伝える。そして更生への道へと促す。そのやさしさは、由咲の心の奥にある、硬くて、そして脆い何かをやさしくつつみ込んでくれるようだ。


「感動的な時間はそれくらいでいいですか? そろそろ死んで頂きたいのですが」


そんな空気をぶち壊すように中須が割って入って来て、由咲に拳銃を向ける。


「おまえ、この子は仲間とちゃうんか?」


 由咲に銃を向ける中須に、航平は怪訝な表情を浮かべる。


「仲間? そんなものではありませんよ。ただの共闘者です。でももう、用がなくなりました。二人一緒に死んでください」


 中須は拳銃の引金を引く。すると航平は無謀にも中須へと飛び掛かった。しかし折れている左足ではとても中須には届かず、航平は右足を撃たれてしまう。


「きゃあ!」と、由咲が声を上げる。


 両足を負傷してしまった航平は、立っていられずにその場で膝を付く。

 それを確認し、改めて由咲を狙う中須が引き金を引く。


「やめろぉー!」と、航平が声を上げる。


 しかし中須は由咲を目掛けて発砲した。

 どうすることもできず動けない由咲。するとその時、由咲の前に飛び込んでくる人影が・・・ 瑞希だ。

 瑞希は由咲の前へ飛び込み、代わりに銃弾を受けた。


「えっ?」


 とある物事がスローモーションに見えることがある。由咲にとって今がそれだ。瑞希は由咲の前に飛び出し、銃弾を受け、そのまま地面に倒れこんだ。

その一部始終が由咲にはスローモーションに見えた。

 由咲の前でぐったりとする瑞希。


「嘘・・・でしょ・・・ 瑞希・・・」


 目の前の出来事に、信じられないと放心状態になる由咲。


「瑞希ぃ!」


 嘘だろうと、驚愕の表情を見せる航平。


「これは瑞希さん、自分から飛び込んで来てくれるとは有難い。ではすぐに由咲もあの世に送ってあげますよ。あの世で二人仲良くしてください」中須はそう言って、再び由咲に拳銃を向ける。


 しかし、そこで航平が中須に飛び掛かった。左手で中須の首を持ち、頭を下げさせると、そのまま銃で撃たれた右の膝で顔面を強打。そして今度は痛めている右肩を強引に上げ、拳を振り下ろし中須の顔面を再び強打。一瞬の不意をつかれ、防御すらできなかった中須は、まともに航平の攻撃を食らった。


「ううっ・・・ ぬぐぅぅぅ・・・ くそっ!」


 それでも中須はふらふらと足を笑わせながら立ち上がる。そこへ航平がすかさず攻撃に出る。中須は航平を目掛けて拳銃を発砲する。

 一瞬、二人の動きが止まった・・・ 発砲された銃弾は航平が拳銃を脇に抱え逃れていたのだ。

 航平はそのまま中須の顔面に頭突きを入れると、再び痛めている右肩を上げ、今度は右肘で顔面を強打。中須はそのままふらふらと足をよろけさせ、意識を失いながら地面に倒れこんだ。


「瑞希、瑞希! なんで、なんで私なんかを庇って・・・」


由咲は自分の身代わりになって撃たれた瑞希を抱きかかえ、涙を流す。


「由咲、ごめんね・・・ 辛い思いをさせて、ごめんね・・・」


 かろうじで意識を保っている瑞希、その中で涙を浮かべ由咲に謝罪の言葉を繰り返す。


「なんで、瑞希が謝るの・・・ 瑞希は何も悪くないのに・・・ ごめんね・・・ 本当にごめんね、瑞希」


 由咲もわかっていた。会社の事は瑞希のせいではないと。それでも当たる場所が必要だった。悲しい気持ちをぶつける場所が必要だったのだ。生きる気力を保つために。


「瑞希・・・」


 由咲は瑞希のことを強く抱きしめる。瑞希と由咲、二人の間にあった壁は今、取り除かれた。

 瑞希の体からは血がドクドクと流れ出る。そんな意識が遠くなりそうな中、航平の姿を探す瑞希。瑞希は航平に姿をとらえると、震えた手を必死で伸ばそうとする。航平は怪我を負った体を引きずって、なんとか瑞希の元へと歩み寄り、その手を握った。


「瑞希、頑張れ! もうずぐ助けが来るからな」と、瑞希を励ます航平。


「航平・・・ 私、頑張れたかな・・・? ちゃんと、役に立てたかな・・・?」


「ああ、おまえはよくやった。えらいぞ、瑞希」


「フフッ・・・ 褒められた・・・」


 瑞希はそう言って嬉しそうに笑みを浮かべながら、静かに目を閉じた。


「瑞希! 瑞希ぃぃぃー!」


 この静かな新港町の第三突堤に、航平の声が大きく響き渡った。


 しばらく経ってから、捜査一課が現場に踏み込んで来て、中須とその仲間を逮捕した。しかし納得がいかない中須は取り乱し暴れる。するとどこからか銃弾が飛んで来て、中須は射殺された。撃ったのは同じ麻薬密売人の仲間だと言われているが、撃った犯人は見つけられず、本当の事はわからない。中須の存在が邪魔になった梅沢が消した、航平はそう疑っている。


 結局この任務で中須と金井が死亡した。しかし金井の死体は現場から姿を消した。死んだことは文乃の証言から推測されたことだ。そして第三突堤で新たに現れた中須の部下は麻薬密売の罪で逮捕された。

 その後の調べにより、金井が麻薬密売人と通じていたとされ、すべての責任は死亡した金井に押し付けられ、事件は幕を下ろした。

 そして中須と繋がっていた由咲の身柄は、未成年ということで、少年院に送られることになった。


 航平は思う、この事件は何も解決していないと。

 金井のせいにして事件解決などおかしい、金井は梅沢の駒、指示通りに動いただけ。だったら梅沢自身がもっとも怪しい人物だと。

 しかし梅沢が黒だという証拠は何もない。あったとしてもきっと簡単には出てこないだろう。

 瑞希のこともある、そして瑞希が探している少女たちのことも。航平は今は派手に動かず、梅沢の行動を観察することにした。



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