瑞希は暗い倉庫内を必至に走り、金井を探していた。


「お願い、航平、由咲、無事でいて!」


 祈る様に、その言葉を口にしながら。


 しばらく行くと、山のように積み上げた荷物の向こうから、ぼんやりと灯りが見えた。そこからは何やら話し声も聞こえる。


「見つけた!」


 そこへ辿り着くと、金井と文乃がいた。そしてもう一人、がっちりとした体の大きい男。


 誰? 瑞希は大きい男を見ながら、金井に近付いて行く。


「おお、〇二九やないか、生きてたんか?」


 金井は呑気にニヤつきながらそんな言葉を吐く。そんな態度に少し苛立ちを感じるが、今はそんなことを感じている場合ではない。瑞希は金井の元に駆け寄ると、「助けて、航平があぶないの!」と、助けを求めた。


「光島が? そうか・・・」


 金井はそう言ってニヤニヤするだけで、まったく動こうとしない。


「ちょっと、何やってるんよ! 早く助けに行ってよ!」


「なんで俺が?」


 何かがおかしいと感じる瑞希。


 金井の態度、そして見たことのない大きな男。そこで初めてわかった。ずっと感じてきた違和感が、梅沢に感じてきた違和感が。これは梅沢が仕組んだことだ。梅沢は中須の取引を断ったのではなく、受け入れたのだと。そうすれば中須の行動の理由も説明がつく。

 瑞希は絶望感に襲われる。これは梅沢が仕組んだこと。だとすれば自分は殺され、きっと航平も殺される。そして母親も・・・ 瑞希は絶望感に動けなくなった。


「〇二九、やっと気付いたんか? これは本部長と中須が手を組んで考えた任務や。おまえはな、この任務を計画した時からここで死ぬことが決まってるねん、事故に見せかけてな。おまえは本部長に切り捨てられたんや」


 金井は半笑いでそう言う。


「そんな・・・」


「これでおまえの保険金が入る。でも嘆くことはないぞ、この保険金は活用される。おまえらみたいな奴の任務遂行手当になるねんからな。おまえらもそうやって、先輩の保険金で生きて来たんやから」


「先輩の保険金で・・・?」


 初めて聞いたことだった。瑞希たちが借金返済のために任務を行って貰っていたお金は、すべて潜入捜査を行って来た先輩たちの保険金によって賄われて来たのだと。


「私たちは、先輩が死んだお金で生きて来たの・・・?」と瑞希は、ぐったりと肩を落とす。


「そうや、その通りや。だからお前の死は無駄にはならん。借金もちゃんと返しておいてやる。けど、おまえの母親の入院費まではわからんな~ 本部長と俺の取り分が余ったら、まわしてやるけどな。まぁ、余らんと思うけど。はははっ」


「おまえたちの、取り分・・・?」


「当たり前やろ? おまえらみたいなクズを面倒見てやってるねんから」


 そう言って高笑いする金井。そんな金井の元で、瑞希はぐっと拳を握りしめる。


「ふざけるな・・・ なんでおまえらなんかに・・・」


「えっ? なに?」


 金井は瑞希を馬鹿にするように、ふざけた態度をとる。


「ふざけるなぁ!」


 瑞希はそう叫ぶと金井に殴り掛かった。しかしそれを横にいたデカい男が阻止した。


「邪魔するな!」


瑞希は男を睨み付ける。


「おまえの相手は俺や」


男はそう言って、瑞希と向かい合う。


「じゃあ黒部、頼んだぞ」


金井はそう言って、黒部という大きな男に任せ、高みの見物をする。


デカい男の名は黒部。中須と協力している麻薬密売人だ。


「おまえから殺す!」


 瑞希はスカートの下に忍ばせていた警棒を取り出すと、それで男に向かって行く。

 黒部はその攻撃を読むように腕で警棒を阻止しに行く。すると瑞希は警棒を一旦引き、突きに変えて黒部の喉に一突き入れた。


「ぐはっ・・・」


 予想外の攻撃に、黒部はまともにそれを食らう。


「はははっ、黒部、高校生のガキに遊ばれてるやないか」


それを見ていた金井は大笑い。黒部は金井を睨み付けた。


 黒部がよそ見をしている間に、瑞希は再び攻撃を仕掛ける。すると今度は上手くかわし、黒部は瑞希の右腕を掴んだ。


「なめんなよ、ガキが」


 そしてその掴んだ右腕を強引に引っ張り、勢いを付けて体ごと投げ捨てた。瑞希の体は軽々と宙を浮き窓ガラスに直撃。その勢いのまま、ガシャーンという大きな音と共に、窓ガラスを突き破り外へと放り出された。


「ううっ・・・」


 窓ガラスをぶち抜き、激しく地面に叩きつけられた瑞希は、痛みでうなり声を上げ立ち上がれない。しかも割れたガラスで傷付いたのか、体の数か所から血が噴き出している。すでに瀕死の状態だ。


「黒部! 誰がそこまでやれって言った? そんなことしたら後で遊ばれんやろうが?」


 金井は黒部にいたぶらせた後、この前出来なかった調教の続きをするつもりだったのだ。

 すると黒部は懐から拳銃を出し、躊躇うことなく発砲、金井の胸を撃ち抜いた。


「な、なんで・・・?」


「おまえも殺せと中須さんからは命を受けている。余計なことをベラベラと言わんかったら、女子高生と遊んでから殺してやろうと思っていたのに。気が変わったわ」


 黒部は拳銃を懐にしまうと、外に放り出された瑞希の元へ歩いて行く。


「〇二〇・・・ いるか・・・?」


胸を撃たれた金井が、瀕死の声で文乃を呼ぶ。


「はい」


 文乃は金井のすぐ横に立っていた。


「俺を、助けろ・・・」


 金井は文乃に手を伸ばす。


「本部長が中須と通じているということは、これは本部長の命令。だとしたら私は助けることはできません」


「な、に・・・? おまえは、俺の駒やろうが・・・」


「金井さん、あなたも本部長の駒だったのですよ」


 文乃はそう言いながら金井を見下ろすと、「私は任務に戻ります」と言って、その場を後にした。


「くっ、くそが・・・ ふっ、ふふふ・・・ ふはははっ・・・」


 今になってやっと気付いた金井。自分も瑞希たちと同様、梅沢の駒だったのだと。

 金井は瀕死の声で壊れた様に笑い続けた。


「おい、まだ終わってないぞ。さっきの痛みはこんなもんじゃない」


 黒部は瑞希の元へと来ると、ぐっと服を掴んだ。


 もう十分に、黒部以上の痛みは与えられている。それでも黒部は納得いかない様子。


「もう十分でしょう? 放してあげなさいよ。それともあなた、サディストなの?」


 するとそこへ文乃が止めに入った。


「なんやおまえ? じゃあ、おまえが代わりをやるっていうんか?」


 黒部はニヤリとしながら文乃に問う。


 文乃は傷だらけの瑞希を見て、「この子を見逃してくれるなら、私が相手になる」と、そう言った。


「はぁ? おまえ、本気で言ってるんか? 命令に背くつもりか?」


「私の飼い主は死んだ。だから私はもう自由」


「ふふふっ、おもしろい。わかった、その条件を呑もう」


 文乃は瑞希の代わりに、黒部と対峙することになった。


「ふ、文乃さん・・・」と、瑞希が瀕死の声を上げる。文乃はそんな瑞希の手を握り、「金井は死んだ。だからもう大丈夫。よく頑張ったね、後は私に任せて」と、声を掛けた。


「でも、そんなことしたら、文乃さんまで・・・」


 自分に関われば、文乃まで殺されてします。それだけは絶対に避けたいと思う瑞希。


「私もあなたたちと一緒。だから死ぬ時も一緒だよ」


「文乃さん・・・」


「瑞希、少し休んで動ける様になったら、光島さんの元へ行きなさい。きっと今、捜査員の携帯は電波ジャックされている。黒部の携帯もダメだった。きっと通じるのは中須の携帯だけ。それをなんとか奪って、外と連絡を取りなさい。光島さんを助ける方法はそれしかない」


「はい、わかりました・・・」


「うん、気を付けてね」


「文乃さんも」


「うん」


 文乃は笑顔で頷くと、立ち上がり黒部と向き合う。


「じゃあ、始めるか?」


 黒部は指をポキポキと鳴らしながら笑みを浮かべる。


「そうね」


 文乃は腰を浅く下ろし身構える。


 仕掛けたのは文乃、素早く力強い蹴りで黒部の左側から攻撃を仕掛ける。しかし黒部は鍛え抜かれたその太い腕でそれらを全て受け止め、そして今度はその自慢の腕で文乃に殴り掛かる。文乃はそれを食らわぬよう距離をあける。

 二人の激しい攻防が始まり、文乃はやや押されている。しかし、まともに食らった攻撃は一発もない。さすがはPerfect investigatorsと呼ばれることだけはある。


「やるやないか、姉ちゃん」と、黒部が言う。


「それはどうも」と、文乃が答える。


 瑞希もじっとしておられず、地面を這いながらゆっくりと立ち上がると、痛めた体を引きずる様にして、航平の元へと歩き出した。


「瑞希を見逃してくれてありがとう」


「なぁに、おまえとやり合ってる方が数倍楽しいだけや」と、黒部は答える。


「そう・・・ あなた、なかなか男ね」


 文乃はそう言うと、スーツの上着を脱いだ。そして右拳を左の手の平でパシッと受け止めると、「これで守るものはない。全力で相手させてもらうわ」と言って、戦闘態勢に入る。


「ほう、そうこなくっちゃな」


 すると黒部もそう言ってジャケット脱ぎ捨て、上半身タンクトップ一枚になった。

「行くわよ・・・」


「来い」


 文乃はスタートダッシュを切る様に、勢いよく黒部に向かって行く。そしてまずは右足を撓らせ鞭のように鋭い蹴りを入れる。しかし黒部はそれを左腕でガード。しかしかなり強い衝撃で黒部の体は少し後ろへと下がる。それを見て文乃はもう一度、右足で攻撃を仕掛ける。しかし今度は上手くかわされ、懐に入られた。そして今度は黒部が拳を文乃に向けて打ち込む。文乃はそれを、両腕をクロスにして、なんとか食い止める。


「くっ・・・」


 しかし想像以上の衝撃に文乃の腕はジンジンと痺れを感じる。

 文乃は思う。今、攻め込まれるとマズイ。この腕では対応できないと。

 それを知ってか、黒部は更に攻撃を仕掛けてくる。文乃は右足を上げ、黒部の鳩尾あたりに蹴りを入れると、黒部との距離を取る様に後ろへと下がった。


「ほぉ~ 戦い慣れているな?」と、感心する黒部。


「まぁ、それなりにね」


「けど、腕が痺れてるんとちゃうんか?」


 やっぱり黒部は気付いている。さっきのパンチで腕が痺れていることを。


「さぁ、どうかな? 試してみる?」


 それでも強気な発言をする文乃。しかし内心はヒヤヒヤで焦っている。

 文乃は思う。この戦い、長引かせれば自分はどんどん不利になると。そこで一つの案が思いつく。黒部を倒す一つの方法が。


「リスクはあるけど、試してみるか・・・」


「何か良い策でも思いついたのか?」と、黒部は文乃に問う。


「ええ、とっておきの策を思いついたわ」


「それはよかった。楽しみにしてるぜ!」


 そう言って黒部は文乃に殴り掛かる。一発、二発と何とかかわすが、黒部の攻撃は力だけではない、スピードもある。文乃はそのスピードに翻弄され始めている。

 そして黒部は容赦なく三発目の拳を放って来た。するとその拳は文乃の左肩をヒット、したように見えたが得意の反射神経でまともに受けることは回避、完全には避けきれなかったものの、ダメージを半減にすることができた。それでも黒部の力は強く、文乃の体は少し流される。


「よし、ここだ」


 すると文乃はここぞとばかり仕掛ける。黒部の放った右腕を掴み支えにすると、黒部の顔へと飛び込み、自慢の豊満な胸を押し当てた。


「なに?」


 予想外の事に虚をつかれる黒部。すると文乃はそこからもう一段、上へと伸し上がる。短いスカートをもろともせず黒部の肩へと乗っ掛かると、白く肉付きの良い、やわらかい太ももで黒部の顔を挟んだ。


「なっ、何を?」


 黒部の視界には、文乃のスカートの中がはっきりと映っている。


「どう? 絶景でしょう?」


 文乃はそう言いニコッと笑みを浮かべると、そのまま体を後ろに倒し手を付いて、その反動で黒部の体を持ち上げ、頭部から地面へと叩き落とした。

 凄い衝撃の音が響き、黒部はそのまま意識を失い、地面に倒れる。

文乃は黒部が動かなくなったことを確認し、ぐったりとその場に腰を下ろすと、そのまま地面へと大の字に寝転び、「はぁーっ、疲れたぁ・・・」と、声を上げた。

 文乃はなんとかギリギリ黒部に勝てた。しかしもう体は動かない。

するとそこへぞろぞろと男たちがやって来た。


「あれ? 黒部やられてるやん?」


「まさか、女に? 情けなっ」


 男たちは次々にそんな言葉を吐く。どうやら中須の部下らしい。

 

 ――もう無理・・・ 文乃は心の中でそう呟く。もう戦えないと。


「おおっ、この子、なかなか可愛い」


 すると今度は文乃に目を付ける。


「せっかくやし、遊んで行こうか」


 男は文乃に近付くと、馬乗りになって跨った。


 そういう方面のことかと、戦いではないことを悟る文乃。

 ――今まで数百人の男を相手にしてきた。一気に十人だって相手したことがある。だから六人くらい全然余裕―― そんなことを心の中で呟きながら、文乃は目を閉じ覚悟を決める。


「おいっ、こいつ無抵抗やぞ?」


「やられるの待ってるってことちゃうか?」


「そういうことなら」


 男たちは、黒部との戦闘で力尽きて動けない文乃に都合のいい解釈をし、文乃の体を弄び始めた。

 文乃は無抵抗なまま、男たちにされるがまま。


「何をしている、立て!」


 するとその時、頭上でそんな声が聞こえた。文乃はゆっくりと閉じた目を開く。すると馬乗りになった男の顔が変形し、蹴り飛ばされる瞬間を見た。

 突然のことに文乃も言葉が出ない。しかし男を蹴飛ばした存在が、確かに自分の横に立っている。


「あなたは・・・ 梓奈さん・・・」


 男を蹴り飛ばしたのは、航平の幼なじみで西生田署の深町梓奈だった。


「文乃ちゃん、大丈夫?」と、動けない文乃をやさしく抱き起す女性。


「直美さん?」


 瑞希のバイト先の上司、山下直美。本名は葉山直美だった。


「どうしてここに?」と、文乃が尋ねる。


「私は瑞希ちゃんが気になって来たの」と、直美は言う。


「私は航平が・・・ たまたま通りかかっただけ」


 梓奈は航平のことが気になって仕方がなかった。しかしそれを素直に認めず、何とも苦しい言い訳をする。


 深町梓奈、拘束番号〇〇一。葉山直美、拘束番号〇〇三。二人は元極秘任務の潜入捜査官、極秘任務発足の初代のメンバーだ。今このことを知る人間は梅沢と数人の捜査一課の刑事だけ。梓奈たちのことを知る人間はもうほとんどいない。


「とりあえず、あいつらを片付ける」


 梓奈はそう言って男たちに向かって行く。


「待ってください! さすがの梓奈さんでも、あの人数相手じゃ・・・」


 引き止める文乃に、直美は「大丈夫よ。あの子の強さはデタラメだから」と、言った。

 すると梓奈は、男たちの元へと走り向かって行く。まずは飛び上がり顔面へ飛び膝蹴りで、まずは一人。そしてそのままの勢いで突っ込み、右肘で顔面を殴り二人目。   そして今度は左足でまわし蹴り、相手の体勢が崩れたところに今度は後ろまわし蹴りで、三人目を撃破。そこからサウンドバックでも殴るかのように、二人の男を地に沈めた。

 梓奈は圧倒的な強さで、六人の攻撃を食らうことなく、あっという間に倒してしまった。


「すごい・・・」


 文乃は梓奈の戦いを見て、唖然とする。

 実はずっと感じていた。文乃のは、Perfect investigatorsと呼ばれているが、本当にすごいのは自分ではなく、梓奈や直美なのだと。


「直美さん、確か行方不明になっていたのでは?」と、文乃が問う。


 直美は県警本部内では、行方不明者となっているのだ。


「うん、そうなんだ。でも実は、こっそり生きてます。そして今は、文乃ちゃんたちのような子を陰で見守っているの」


「私もびっくりした、直美が生きていたとは」と、梓奈。


 どうやら梓奈も先程までは知らなかったようだ。


「だから文乃ちゃん、私が生きていることは内緒にしておいてね」と、直美。


「私がここへ来たことも内密に。それと潜入捜査官だったことも誰にも言わないで。光島航平にも」と、梓奈は文乃に釘を刺した。


「わかりました。誰にも言いません」と、文乃は答える。


「じゃあ、私たちは退散しますか?」と、直美。


「うん。文乃、外へは私から連絡を入れておく。救急車も呼んでおくから」と、梓奈。

 二人はそう言って、この場を離れて行った。後のことは文乃に任すと言って。


「すごいな、あの人たち・・・」


 文乃は思った。いつか自分も潜入捜査官を卒業したら、二人のようになろうと。


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